行政書士試験の憲法において、精神的自由権や経済的自由権と並んで重要なのが、身体の安全を守る「人身の自由」、人間らしい生活を求める「社会権」、そして国政に参加する「参政権」などの諸権利です。
この分野は、刑事訴訟法的な知識(逮捕・勾留・令状など)から、生活保護や選挙制度といった行政法・一般知識に関連するテーマまで幅広くまたがっています。
今回は、試験で狙われやすい「適正手続の保障(31条)」や「生存権の法的性格(25条)」、そして近年の重要判例である「GPS捜査」や「在外邦人選挙権訴訟」を中心に、学習のポイントを凝縮して解説します。
1. 人身の自由(適正手続と被疑者・被告人の権利)
戦前の弾圧の反省から、日本国憲法は身体の自由を手厚く保障しています。特に重要なのは、国家権力が刑罰を科す際のルールである「適正手続」です。
(1) 適正手続の保障(憲法31条)
憲法31条は「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない」と定めています。
この条文は、単に「手続」を法律で決めれば良いという意味ではありません。以下の4要素すべてが要求されます。
- 手続の法定:手続が法律で定められていること。
- 手続の適正:その手続の内容が適正であること(告知と聴聞の機会など)。
- 実体の法定:どんな行為が犯罪で、どんな刑罰か(実体)が法律で決まっていること(罪刑法定主義)。
- 実体の適正:その法律の内容自体が適正であること。
31条は本来「刑事手続」の規定ですが、判例は「行政手続」にもその趣旨が及ぶとしています。ただし、常に刑事手続と同じ厳格な告知・聴聞が必要なわけではなく、緊急性などを考慮して柔軟に判断されます(成田新法事件)。
(2) 第三者所有物没収事件(最大判昭37.11.28)
被告人の所有物ではない(第三者の)物を没収する場合、その第三者に「告知・弁解・防御」の機会を与えなければ、憲法31条・29条(財産権)に違反するという判決です。「手続の適正」が問われた重要判例です。
(3) 被疑者と被告人の権利
捜査段階の「被疑者」と、起訴された後の「被告人」で、保障される権利の条文が異なります。
| 段階 | 主な権利 | 憲法条文 |
|---|---|---|
| 被疑者 (捜査中) |
・令状主義(逮捕・捜索・押収) ・弁護人依頼権(身体拘束時) ・黙秘権(自己負罪拒否特権) |
33条 34条 35条 38条 |
| 被告人 (起訴後) |
・公平な裁判所の迅速な公開裁判 ・証人審問権、証人喚問権 ・弁護人依頼権(国選弁護含む) |
37条 |
逮捕には原則として司法官憲(裁判官)の発する令状が必要ですが、「現行犯逮捕」の場合は例外として令状なしで逮捕できます(33条)。
(4) GPS捜査事件(最大判平29.3.15)
警察が令状なしにGPS端末を車両に取り付けた捜査の違法性が争われました。
- 結論:違法(令状が必要)。
- 理由:GPS捜査は、個人のプライバシーを侵害し得るものであり、公権力による私的領域への侵入を伴うため、「強制の処分」にあたる。したがって、令状なしに行うことは許されない。
2. 社会権(生存権・教育・勤労)
国家に対して「人間らしい生活」を求める権利です。自由権が「国家からの自由」であるのに対し、社会権は「国家による自由」と呼ばれます。
(1) 生存権(25条)とプログラム規定説
「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」という規定の法的性格については争いがあります。
- プログラム規定説:25条は国の努力目標(政治的道義的義務)を宣言したにとどまり、個々の国民に具体的権利を与えたものではない。
- 抽象的権利説(通説・判例):25条自体で抽象的な権利は発生しているが、具体的に裁判で請求するには、生活保護法などの法律制定が必要である。
最高裁は「具体的権利ではない(プログラム規定説に近い立場)」をとりつつも、「立法府の裁量権の逸脱・濫用が明白な場合」には違法となり司法審査の対象になる、としています(完全なプログラム規定説ではない点に注意)。
(2) 教育を受ける権利(26条)
- 学習権:子供が学習し成長する権利こそが教育権の核です(旭川学テ事件)。
- 教育権の所在:親・教師の教育の自由と、国の教育権能の双方が認められますが、いずれも極端な支配は許されず、国は「必要かつ相当な範囲」で内容を決定できるとされます。
- 義務教育の無償:判例は「授業料の不徴収」を意味し、教科書代まで無償とする憲法上の義務はないとしています(教科書費国庫負担請求事件)。
3. 参政権と受益権
(1) 在外邦人選挙権訴訟(最大判平17.9.14)
公職選挙法が、海外に住む日本人(在外邦人)の選挙権を制限していたことが争われました。
- 結論:違憲。
- 理由:選挙権の制限は「やむを得ない事由」がない限り許されない。海外でも投票を可能にする措置をとらなかった立法不作為は違法である。
(2) 受益権(国務請求権)
- 請願権(16条):国などに要望を述べる権利。官公署はこれを受理し誠実に処理する義務がありますが、審理・判定する法的義務までは負いません。
- 裁判を受ける権利(32条):裁判所での裁判を求める権利です。外国人にも保障されます。
4. 実戦問題にチャレンジ
1. 憲法31条の定める適正手続の保障は、身体の自由を奪う刑事手続について定めたものであるから、行政手続によって権利利益を制限する場合にまで、同条の法意が及ぶことはない。
2. 第三者の所有物を没収する場合において、当該第三者に告知、弁解、防御の機会を与えることなく没収することは、憲法31条および29条に違反する。
3. 警察官が令状なしに捜査対象車両にGPS端末を取り付けて位置情報を把握する捜査は、対象者の同意がない限り直ちに違法となるが、強制処分には当たらないため、事後的に裁判所の許可を得れば適法となる。
4. 憲法38条1項は「何人も、自己に不利益な供述を強要されない」と規定しているが、ここには氏名を黙秘する権利までは含まれておらず、氏名の不告知を理由に不利益な扱いをすることは許される。
5. 迅速な裁判を受ける権利(憲法37条1項)が侵害されたとして、審理の打ち切り(免訴)が認められるためには、審理の遅延が被告人の責めに帰すべき事由によるものであったとしても、その期間が著しく長期に及んでいる事実があれば足りる。
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正解 2
解説:
1. 誤り。成田新法事件において、行政手続にも31条の法意が及ぶ(準用される)と判断されています。
2. 正しい。第三者所有物没収事件の判旨です。所有者に手続保障(告知・聴聞)が必要です。
3. 誤り。GPS捜査は「強制の処分」に当たるとされ、令状がなければ違法です(事後許可で適法になるものではありません)。
4. 誤り。氏名は原則として不利益な供述に当たりませんが、氏名の不告知のみを理由に不利益な扱いをすることは許されません。
5. 誤り。高田事件判決によれば、打ち切りが認められるには、遅延が「被告人の責めに帰すべき事由によらないこと」が必要です。
1. 憲法25条1項は、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営みうるよう国政を運営すべきことを国の責務として宣言したにとどまり、個々の国民に対して直接具体的・現実的な権利を付与したものではない。
2. 厚生大臣(当時)が生活保護法に基づいて設定する保護基準は、高度の専門技術的・政策的見地から行われる裁量判断であるため、裁判所はその判断を尊重すべきであり、直ちに違法の問題を生ずることはない。
3. 生活保護基準の設定において、老齢加算を廃止する改定を行ったとしても、それが専門技術的かつ政策的な見地からの裁量権の範囲内にあると認められる限り、憲法25条に違反しない。
4. 児童扶養手当と公的年金との併給を禁止する規定は、立法府の広い裁量に委ねられた事項であり、著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用とみざるを得ない場合を除き、違憲とはならない。
5. 生存権は、国に対して積極的な給付を求める権利であるため、その具体化は予算の配分など立法府の裁量に委ねられるが、一度制定された社会保障に関する法律を後退(改悪)させることは、いかなる理由があっても憲法25条により許されない。
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正解 5
解説:
1. 正しい。食管法違反事件や朝日訴訟で示された「プログラム規定説」的な見解です。
2. 正しい。朝日訴訟の判旨です。大臣の裁量を広く認めています。
3. 正しい。老齢加算廃止訴訟の判旨です。
4. 正しい。堀木訴訟の判旨です。
5. 誤り。国の財政事情などにより、一度定めた基準を引き下げる(後退させる)ことも、裁量の範囲内として許容される場合があります(老齢加算廃止など)。「いかなる理由があっても許されない」わけではありません。
1. 在外邦人の選挙権について、国会がやむを得ない事由なくその行使を制限することは許されず、選挙区選挙の投票を認めないことは憲法15条1項等に違反して違憲である。
2. 立候補の自由(被選挙権)は、憲法15条1項には明文で規定されていないため、選挙権そのものとは異なり、憲法上保障された権利とはいえない。
3. 憲法15条4項が保障する「投票の秘密」は、選挙人が誰に投票したかを国家に対して秘匿する権利であり、私人間において投票内容を開示するよう求められた場合には適用されない。
4. 公務員を選定罷免する権利は「国民固有の権利」であるため、地方公共団体の長や議員の選挙権を永住外国人に付与する法律を制定することは、憲法上禁止されている。
5. 選挙権の法的性格について、判例は、公務員を選定するという「公務」としての性格のみを有し、個人の主観的な「権利」としての性格は有しないとする「公務説」を採用している。
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正解 1
解説:
1. 正しい。在外邦人選挙権訴訟(最大判平17.9.14)の判旨です。
2. 誤り。立候補の自由も、選挙権の自由な行使と表裏の関係にあり、憲法15条1項の保障する「重要な基本的人権」の一つとされています(三井美唄労組事件)。
3. 誤り。投票の秘密は、私人間(例えば労働組合と組合員)の関係でも間接的に保障されます(国労広島地本事件など)。
4. 誤り。地方参政権(地方選挙権)については、法律で永住外国人に付与することは「憲法上禁止されていない」とするのが判例です。
5. 誤り。判例・通説は、公務の性格と権利の性格を併せ持つ「二元説」の立場です。
5. まとめと学習アドバイス
今回は、人身の自由、社会権、参政権について解説しました。
- 人身の自由:31条の適正手続は行政手続にも及ぶ。GPS捜査は令状必須(違法)。
- 社会権:25条は立法府の広い裁量があるが、著しい逸脱は違憲。
- 参政権:在外邦人の選挙権制限は違憲(立法不作為の違法)。
特に「GPS捜査」や「在外邦人選挙権」は、結論(違法・違憲)が明確なため出題されやすいポイントです。また、人身の自由の条文(33条~39条)は、刑事訴訟法の知識がなくても解けるよう、条文のキーワード(「現行犯」「令状」「自白」など)を正確に覚えておきましょう。
よくある質問(FAQ)
- Q. 「奴隷的拘束」と「意に反する苦役」の違いは何ですか?
- A. 「奴隷的拘束」は身体を自由に使わせない状態(監禁など)で、本人の同意があっても絶対禁止です。「意に反する苦役」は強制労働のことで、犯罪の処罰(懲役刑)の場合のみ例外的に許されます。
- Q. 請願権で、役所は願いを聞き入れる義務がありますか?
- A. 「受理し、誠実に処理する義務」はありますが、請願の内容通りに実現したり、審理・判定したりする法的義務までは負いません。
- Q. 憲法25条の「健康で文化的な最低限度の生活」の基準は誰が決めますか?
- A. 厚生労働大臣(行政)です。裁判所は、その判断が専門技術的・政策的な裁量の範囲を明らかに逸脱している場合にのみ、違法と判断します。