PR

講義3:【人権総論】人権の限界と私人間効力|公共の福祉・公務員の人権判例

憲法で保障される「人権」は、侵すことのできない永久の権利ですが、決して「無制限」ではありません。

例えば、「表現の自由があるから」といって、他人の名誉を傷つけても良いわけではありません。また、公務員という立場や、企業と従業員といった私人同士の関係において、人権がどのように調整されるのかは、行政書士試験の超頻出テーマです。

今回は、人権総論の中でも特に判例知識が問われる「公共の福祉」「特別な法律関係(公務員など)」「私人間効力」について、重要判例のロジック(理由付け)を中心に解説します。猿払事件と堀越事件の違いなど、試験で狙われるポイントを確実に押さえましょう。

1. 公共の福祉と人権の制約

人権と人権が衝突した場合、それを調整するための原理を「公共の福祉」といいます。

かつては「公共の福祉=国全体の利益」として人権を外側から制限するもの(一元的外在制約説)と考えられていましたが、現在は「人権相互の矛盾・衝突を調整する実質的公平の原理」であり、人権の中に最初から組み込まれているもの(一元的内在制約説)と考えるのが通説です。

二重の基準論(違憲審査基準)

裁判所が「ある法律による人権規制が憲法違反かどうか」を判断する際、すべての権利を同じ基準で審査するわけではありません。権利の性質に応じて基準を使い分ける考え方を「二重の基準論」といいます。

権利の種類 精神的自由
(表現の自由など)
経済的自由
(職業選択・財産権など)
地位 優越的地位にある 精神的自由よりは下位
理由 精神的自由が侵害されると、民主主義のプロセス(選挙など)で回復することが困難だから(壊れやすい)。 民主主義のプロセス(議会での多数決)を通じて是正することが可能だから。
審査基準 厳格な基準
(裁判所が厳しくチェック)
緩やかな基準
(国会の判断を尊重)
💡 学習のポイント

「精神的自由の方が経済的自由よりも価値が高い」という意味ではありません。「一度壊れると直せないから、より慎重に守る必要がある」というロジックを押さえておきましょう。

2. 特別な法律関係(公務員・在監者の人権)

公務員や刑務所の受刑者など、国と特別な関係にある人々についても、原則として人権は保障されます。しかし、その公共的性格や収容目的を達成するために、「必要最小限度」の実質的な制約が認められます。

(1) 在監者の人権判例

  • よど号記事抹消事件:新聞記事の抹消は、施設の規律維持のために「必要かつ合理的」な範囲内であれば許される(合憲)。
  • 喫煙禁止違憲訴訟:未決勾留者(まだ刑が確定していない人)への喫煙禁止は、罪証隠滅や火災防止のため「必要かつ合理的」な制限であり許される(合憲)。

(2) 公務員の人権判例【重要】

公務員には「政治的活動の自由」や「労働基本権」がありますが、職務の中立性を保つために制限を受けます。特に「政治活動の制限」に関する以下の2つの判例の対比は最重要です。

判例名 事案 判断基準と結論
猿払事件
(最大判昭49.11.6)
郵便局員(非管理職)が選挙ポスターを掲示した。 【合理的で必要やむを得ない限度】
公務員の政治的中立性は国民全体の利益。管理職かどうかにかかわらず、一律禁止も合憲(有罪)
堀越事件
(最判平24.12.7)
社会保険事務所職員(非管理職)が休日に政党機関紙を配布。 【実質的関連性】
禁止されるのは「公務員の中立性を損なうおそれが実質的に認められる行為」に限られる。職務と無関係に行った本件配布は処罰できない(無罪)
💡 猿払と堀越の違い

古い「猿払事件」では公務員の政治活動を一律禁止しても合憲としましたが、新しい「堀越事件」では、より柔軟に「実質的に中立性を害するかどうか」で判断しました。判例が変更されたわけではありませんが、解釈が限定的になった点に注意です。

その他の公務員判例

  • 寺西判事補事件:裁判官が積極的に政治運動を行うことは、裁判官の独立・中立性を害するため、禁止しても違憲ではない(合憲)。
  • 全農林警職法事件:公務員のストライキ(争議権)を一律に禁止することも、全体の奉仕者という性質上やむを得ない(合憲)。

3. 人権の私人間効力

憲法は本来「国家 vs 国民」のルールですが、大企業などの社会的権力と個人の間(私人 vs 私人)にも人権保障を及ぼすべきという問題です。

(1) 間接適用説(通説・判例)

憲法の人権規定を、私人間に直接適用するのではなく、民法90条(公序良俗)などの私法の一般条項を解釈する際に、憲法の趣旨を取り込んで間接的に適用する考え方です。

※ただし、投票の秘密(15条4項)や奴隷的拘束の禁止(18条)などは、私人間でも直接適用されます。

(2) 私人間効力の重要判例

判例名 事案 ポイント・結論
三菱樹脂事件 学生運動歴を隠して入社した社員の本採用拒否。 企業には「採用の自由」がある。特定の思想信条を理由に採用を拒否しても違法ではない(契約締結前)。
日産自動車事件 女性の定年を男性より低く設定した就業規則。 性別のみによる不合理な差別であり、民法90条の公序良俗に反し無効(契約締結後)。
昭和女子大事件 政治活動をした学生への退学処分。 私立大学には建学の精神に基づく独自の規律がある。退学処分も裁量の範囲内で有効
百里基地事件 自衛隊基地建設のための土地売買契約。 国が私人と同じ立場で契約する場合、憲法9条は直接適用されない。契約は有効
💡 三菱樹脂と日産自動車の違い

「入る前(採用)」は企業の自由が強く認められますが、「入った後(労働条件)」は平等原則などが強く及びます。「企業は思想を理由に不採用にできる(三菱樹脂)」が、「男女差別定年は無効(日産)」です。


4. 実戦問題にチャレンジ

問1:公務員の人権
公務員の人権制約に関する最高裁判所の判例の趣旨として、妥当なものはどれか。

1. 警察職員以外の一般職の国家公務員については、争議行為を禁止する代償措置が講じられているとしても、一律に争議権を否定することは憲法28条に違反する。
2. 裁判官が、国会で審議中の法案に反対する集会でパネリストとして発言しようとすることは、裁判官の職務の中立性を害するおそれがあるため、これを禁止し懲戒処分の対象とすることは憲法21条に違反しない。
3. 管理職的地位にない国家公務員が、勤務時間外に特定の政党のポスターを掲示した行為について、その行為が行政の中立性を損なう実質的な危険性がなかったとしても、一律に刑罰を科すことは合憲であるとした判例(猿払事件)は、その後の判例(堀越事件)によって変更された。
4. 裁判所職員が、勤務時間外に職務と無関係に特定の政党の機関紙を配布する行為は、公務員の政治的中立性を損なうおそれが観念的なものにとどまる場合であっても、国家公務員法による処罰の対象となる。
5. 未決勾留されている者に対する新聞記事の閲読制限は、監獄内の規律維持のために必要であれば、閲読により障害が生ずる具体的蓋然性が認められない場合であっても許容される。
正解・解説を見る

正解 2

解説:

1. 誤り。全農林警職法事件において、公務員の争議権を一律に禁止することも、全体の奉仕者としての地位や代償措置があることから合憲とされています。

2. 正しい。寺西判事補事件の判旨です。裁判官の積極的な政治運動の禁止は合憲です。

3. 誤り。猿払事件と堀越事件で結論は異なりますが、最高裁は「判例変更」とは明言していません(事案の違いとして処理)。

4. 誤り。堀越事件判決によれば、中立性を損なうおそれが「観念的なものにとどまる」場合は、処罰対象となる政治的行為には当たらないとされました。

5. 誤り。よど号記事抹消事件において、閲読制限には障害発生の「相当の蓋然性」が必要とされています。

問2:人権の私人間効力
人権規定の私人間における適用に関する次の記述のうち、判例の趣旨に照らして妥当なものはどれか。

1. 憲法14条や19条の規定は、私人相互の関係を直接規律することを予定しているため、企業が労働者の採用にあたり思想信条を調査することは、憲法に違反し許されない。
2. 私立大学は、建学の精神に基づく独自の教育方針を有するため、学生が学外で行った政治的活動を理由に退学処分を行うことは、いかなる場合であっても学長の裁量の範囲内として有効である。
3. 企業が就業規則において、女性の定年年齢を男性よりも低く定めることは、経営上の合理的な理由がない限り、民法90条の公序良俗に反し無効である。
4. 自衛隊基地の建設を目的として国が私人との間で締結した土地売買契約は、私法上の行為であっても公法的な性格を帯びるため、憲法9条が直接適用され、その効力が判断される。
5. 企業が、試用期間中の労働者に対し、学生運動の歴を秘匿していたことを理由に本採用を拒否することは、解雇と同様の強い制約を受けるため、客観的に合理的な理由がない限り許されない。
正解・解説を見る

正解 3

解説:

1. 誤り。三菱樹脂事件において、憲法は私人間には直接適用されず(間接適用説)、企業には採用の自由があるため、思想信条の調査も違法ではないとされました。

2. 誤り。昭和女子大事件において、大学側の裁量は広く認められましたが、「いかなる場合であっても」有効とするわけではありません(著しく不合理な場合は無効になり得ます)。

3. 正しい。日産自動車事件の判旨です。性別のみによる不合理な差別は、民法90条(公序良俗)違反として無効となります。

4. 誤り。百里基地事件において、国が私人と対等な立場で行う私法上の行為には、憲法9条は直接適用されないとされました。

5. 誤り。三菱樹脂事件において、試用期間中の本採用拒否(留保解約権の行使)は、通常の解雇より広い範囲で認められるとされました。

問3:二重の基準論
違憲審査基準としての「二重の基準」に関する記述として、最も適切なものはどれか。

1. 精神的自由の規制立法と経済的自由の規制立法とでは、後者の方が裁判所の審査能力を超えた専門技術的な判断を要する場合が多いため、裁判所は精神的自由の規制に対してより厳格な基準で審査を行う。
2. 経済的自由は、精神的自由よりも人間の尊厳にとって本質的な価値を有するため、経済的自由を規制する立法に対しては、より厳格な審査基準が適用される。
3. 精神的自由を規制する立法が合憲とされるためには、その規制目的が正当であるだけでなく、規制手段が必要最小限度のものであることが常に要求される。
4. 経済的自由に対する規制のうち、積極目的(社会政策目的)に基づく規制については、立法府の裁量が広く認められるため、明白性の原則などの緩やかな基準で審査される。
5. 二重の基準論は、憲法12条や13条の「公共の福祉」が一元的外在制約であることを前提として、人権制約の根拠を明確にするために提唱された理論である。
正解・解説を見る

正解 4

解説:

1. 誤りではないが不十分。専門技術性も理由の一つですが、最大の理由は「民主政の過程による是正が困難(精神的自由は壊れやすい)」点にあります。ただし、選択肢4がより適切かつ判例理論(薬事法違憲判決等)に即しています。

2. 誤り。厳格な審査が適用されるのは「精神的自由」です。

3. 誤り。精神的自由の規制であっても、すべてに「必要最小限度(LRAの基準など)」が求められるわけではありません。内容規制か内容中立規制か等によって基準の厳しさは変わります。

4. 正しい。経済的自由の規制目的二分論(積極目的規制には緩やかな基準、消極目的規制には厳格な基準)に関する正しい記述です(小売市場距離制限事件など)。

5. 誤り。二重の基準論は、一元的「内在」制約説の立場からも説明されます。

5. まとめと学習アドバイス

今回は、人権の限界と調整について解説しました。

  • 公共の福祉:精神的自由は厳しく、経済的自由は緩やかに審査する(二重の基準)。
  • 公務員:「猿払事件(一律禁止OK)」と「堀越事件(実質的弊害なければOK)」の結論とロジックの違いを整理する。
  • 私人間:「採用の自由(三菱樹脂)」は広いが、「労働条件の差別(日産自動車)」は許されない。原則は間接適用説。

判例問題は、単に「合憲か違憲か」だけでなく、「なぜそう判断したのか(例:公務員だから、採用の自由があるから)」という理由の部分が正誤の分かれ目になります。表を使って対比させながら記憶を整理しておきましょう。

よくある質問(FAQ)

Q. 「猿払事件」と「堀越事件」は矛盾していませんか?
A. 見かけ上は矛盾しているように見えますが、最高裁は「事案が違う」として判例変更をしていません。猿払事件は行政の中立性が強く求められる事案、堀越事件は実質的な危険性がなかった事案として、使い分けられています。試験対策としては両方の結論を押さえておく必要があります。
Q. 私人間効力の「直接適用説」は間違いですか?
A. 現在の判例・通説は「間接適用説」を採っています。ただし、投票の秘密や奴隷的拘束の禁止など、権利の性質上、私人間でも直接適用される例外があることも覚えておきましょう。
Q. 二重の基準論で「経済的自由」が緩やかなのはなぜですか?
A. もし間違った経済規制(例:増税や営業規制)が作られても、選挙でその政策を掲げる議員を落選させれば、法律を変えて元に戻すことができるからです。一方、表現の自由が規制されてしまうと、そもそも批判や選挙運動ができなくなり、元に戻せなくなる(民主主義が機能しなくなる)ため、裁判所が厳しく守る必要があるのです。
タイトルとURLをコピーしました