行政書士試験において、全体の配点の約40%を占める最重要科目が「行政法」です。
しかし、民法のように条文が1から順番に並んでいるわけではなく、多くの初学者が「行政法という名前の法律が見当たらない」「概念が抽象的でわかりにくい」という壁にぶつかります。
この講義では、行政法の全体像(森)を把握した上で、行政法の基礎となる「基本原理」と「法の一般原則」について、具体的な事例や判例を交えて深く掘り下げていきます。特に、記述式問題でも問われやすい「信義則」や「権利濫用の禁止」などの重要判例は、事案のストーリーごと理解することが合格への近道です。
- 「行政」の定義と行政法の3つの分類(組織・作用・救済)
- 試験に出る「法律による行政の原理」(法律の留保など)の正確な理解と学説の対立
- 行政法上の「信義則」「権利濫用」に関する重要判例のロジック
- 本試験レベルの多肢選択式問題による実戦演習
1. 行政法入門:全体像をつかむ
(1) 「行政」とは何か?(控除説)
まず、「行政」とは一体何を指すのでしょうか?
実は、行政を「これだ!」と一言で積極的に定義することは非常に難しいとされています。なぜなら、行政の活動範囲は、警察や消防のような取り締まりから、社会福祉、都市計画、公衆衛生、教育に至るまで、あまりにも多岐にわたるからです。
そこで、日本の通説的な見解は、国家の役割を消去法で考える「控除説」を採用しています。
行政 = 国家作用 -(立法 + 司法)
つまり、国家の全活動から、「立法(国会が法律を作ること)」と「司法(裁判所が法を適用して紛争を解決すること)」を差し引いた、残りの活動すべてを「行政」と呼びます。
なぜ3権分立なのか?
日本国憲法は、国家権力の濫用を防ぎ、国民の権利自由を守るために、権力を「立法権(国会)」「行政権(内閣)」「司法権(裁判所)」の3つに分散させています。行政法は、このうちもっとも巨大な実力部隊を持つ「行政権」の活動をコントロールし、国民を守るためのルールブックなのです。
(2) 行政法の3分類(組織・作用・救済)
前述の通り、「行政法」という名前の単一の法律(六法全書にあるような「民法」「刑法」のような法典)は存在しません。行政に関わる1,000以上の法律の総称です。
これらを闇雲に覚えるのは不可能です。そこで、行政法を学ぶ際は、以下の3つのグループに分けて整理します。
| 分類 | 内容 | 代表的な法律 |
|---|---|---|
| 行政組織法 | 行政を行う組織(プレイヤー)について定めた法。 「誰が」行うか。 |
国家行政組織法、内閣法、地方自治法など |
| 行政作用法 | 行政が国民に対して行う活動(アクション)について定めた法。 「何を」行うか。 |
行政手続法、食品衛生法、建築基準法、都市計画法など |
| 行政救済法 | 行政活動によって権利を侵害された国民を救う法。 「どうやって」救うか。 |
行政不服審査法、行政事件訴訟法、国家賠償法 |
具体例でイメージする:飲食店開業のストーリー
ここで、Aさんが「レストランを開業したい」と考えた場合を例に、3つの分類がどう関わるか見てみましょう。
- 行政組織法: Aさんは「保健所長(または都道府県知事)」に許可申請を出します。この権限が「誰(どの機関)」にあるかを決めているのが組織法です。
- 行政作用法: 保健所は「食品衛生法」というルールに基づいて、Aさんの店が衛生基準を満たしているか審査し、営業許可処分を出します。これが作用法です。
- 行政救済法: もし、基準を満たしているのに不当に許可が下りなかった場合、Aさんは「審査請求」や「取消訴訟」を行います。この戦い方を決めているのが救済法です。
2. 法律による行政の原理
行政法を支配する最も重要な大原則が「法律による行政の原理」です。
これは、「行政は、国民の代表である国会が作った『法律』に従って行わなければならない」というルールです。かつて王様が恣意的に支配していた時代とは異なり、現代では法治主義が徹底されています。
この原理は、さらに細かく3つの原則に分解されます。試験でも頻出ですので、それぞれの意味を正確に覚えましょう。
(1) 法律の法規創造力の原則
「国民の権利義務に関わるルール(法規)を新たに作れるのは、国会(立法権)だけである」という原則です(憲法41条)。
行政機関が勝手に「明日から消費税を30%にする」といったルールを作ることはできません。国民の権利義務に関わるルールを作るには、必ず国会を通した法律が必要です。
(2) 法律優位の原則
「行政活動は、すでに存在する法律に違反してはならない」という原則です。
これは、あらゆる行政活動(規制だけでなく、サービス提供などの給付行政も含む)に適用されます。法律がある以上、行政はそれを無視できません。
法律優位の原則には例外がありません。「緊急時だから法律を破っていい」ということは(法律に特段の定めがない限り)許されません。
(3) 法律の留保の原則(最重要)
ここが試験の最大の山場です。
「法律の留保」とは、「行政活動を行うには、法律の根拠(授権)がなければならない」という原則です。法律優位の原則が「法律に反するな(消極的)」であるのに対し、法律の留保は「法律の根拠を持て(積極的)」という意味です。
しかし、「すべての活動に法律の根拠が必要か?」という点については争いがあります。例えば、公園の草むしりや、行政指導、簡単な情報の提供など、国民に利益を与える活動にまでいちいち法律の根拠が必要だとすると、行政のフットワークが重くなりすぎてしまいます。
そこで、どの範囲まで法律の根拠が必要かについて、以下の学説が対立しています。
| 学説名 | 考え方 | 評価・現状 |
|---|---|---|
| 侵害留保説 (伝統的通説) |
国民の権利を制限したり、義務を課したりする「侵害行政」の場合にのみ、法律の根拠が必要とする説。 | かつての通説。国民に利益を与える給付行政などは、法律の根拠がなくても自由に行えるとする。 |
| 全部留保説 | 行政のあらゆる活動に法律の根拠が必要とする説。 | 民主的コントロールは徹底されるが、行政の自由度がなくなり現実的ではないため、採用されていない。 |
| 権力留保説 | 侵害行政だけでなく、一方的な命令など「公権力の行使」を伴う活動にはすべて根拠が必要とする説。 | 侵害留保説より範囲は広いが、権力的でない給付行政などは根拠不要とする。 |
| 本質性説 (重要) |
侵害か給付かという形式だけでなく、「国民にとって重要な(本質的な)事項」については、法律(または法律の委任に基づく政令等)の根拠が必要とする説。 | 現在の有力説。特に、自由や財産に関わる本質的な事項は、行政任せにせず国会が決めるべきという考え方。 |
試験では「侵害留保説によれば~となる」といった出題がされます。自分の支持する説ではなく、問われている説の基準で判断することが重要です。
なお、日本の実務(行政手続法など)は、基本的に侵害留保説をベースにしつつ、重要な事項については法律で定める傾向にあります。
3. 法の一般原則
法律の条文に書かれていなくても、法として守らなければならない不文の原則があります。これを「法の一般原則」といい、主に行政活動の正義や公平を保つために機能します。判例学習が中心となります。
(1) 信義誠実の原則(信義則)
民法1条2項にある「権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない」という原則は、行政法関係にも適用されます。つまり、行政庁も国民の信頼を裏切ってはいけません。
重要判例:租税法規と信義則(最判昭62.10.30)
この判例は記述式でも択一式でも超重要です。
【事案】
ある事業について、税務署の職員が「このケースでは税金はかからない」という公式見解を示しました。納税者はそれを信じて事業を行いましたが、後になって税務署が「やっぱり課税する」と処分を行いました。
【判旨のポイント】
原則として、租税法律主義(法律通りに税金を取る原則)は強力ですが、以下の4つの要件を満たす特段の事情がある場合は、信義則により課税処分が違法となり取り消されることがあります。
- 税務官庁が納税者に対し、信頼の対象となる公的見解を表示したこと。
- 納税者がその表示を信頼し、その信頼に基づいて行動したこと。
- その後に、表示に反する課税処分が行われ、納税者が経済的不利益を受けることになったこと。
- 納税者に責めに帰すべき事由がないこと。
つまり、「役所が嘘をついて、国民を信じ込ませて損をさせたなら、たとえ法律通りであっても許されない」ということです。
判例比較:拘留者への安全配慮義務(最判平28.4.21)
一方で、信義則が否定されたケースもあります。
未決勾留(裁判待ちで拘束されている状態)の際、拘置所で他の被収容者から暴行を受けた事件において、最高裁は「国は被勾留者に対し、信義則上の安全配慮義務を負わない」としました。
理由は、勾留関係は当事者の合意による特別な社会的接触関係(契約関係のようなもの)ではないからです(ただし、国家賠償法上の責任は別途検討されます)。
(2) 権利濫用の禁止
行政が持つ権限は強大ですが、その目的を逸脱して行使することは「権利の濫用」として違法となります。
重要判例:個室付浴場事件(最判昭53.6.16)
【事案】
会社Bが個室付浴場(ソープランド等)を開業しようとしました。当時の法律では「児童遊園(公園)から200m以内」には開業できない規制がありました。
反対運動を受けた町は、Bの開業を阻止するためだけに、急遽Bの予定地のすぐ近くに「児童遊園」の設置認可を出しました。
【判旨】
この児童遊園の設置認可は、子供の遊び場を作るという本来の目的ではなく、専ら個室付浴場の開業を阻止することを主たる動機・目的としてなされたものである。
したがって、行政権の著しい濫用に当たり、違法である。
(3) 平等原則
憲法14条に基づく原則です。「合理的な理由なく、特定の個人を差別してはならない」というものです。
判例(最判昭30.6.24):行政庁は、特定の個人を差別的に取り扱い、不利益を及ぼす自由を有するものではない、としています。
(4) 比例原則(過剰規制の禁止)
「目的を達成するために必要な限度を超えて、国民の権利を制限してはならない」という原則です。
「スズメを撃つのに大砲を使ってはいけない」という例えが有名です。
例えば、警察官職務執行法でも、武器の使用は「必要な最小の限度」に留めるべきと規定されています。
4. 実戦問題で確認!
ここまでの知識を使って、本試験レベルの問題にチャレンジしてみましょう。
1. 行政組織法とは、行政権の行使主体である行政機関の組織や権限について定める法をいい、国家行政組織法や地方自治法がこれに含まれる。
2. 行政作用法とは、行政活動によって権利を侵害された国民の救済手続を定める法をいい、行政手続法や行政不服審査法がこれに含まれる。
3. 行政救済法とは、行政が国民に対して行う活動のルールを定める法をいい、国家賠償法や食品衛生法がこれに含まれる。
4. 行政法という名称の単一の法典が存在し、そこに行政組織、作用、救済のすべてが網羅的に規定されている。
5. 行政作用法の中に分類される「行政手続法」は、行政の組織について定めた一般法である。
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正解 1
解説:
1. 妥当である。行政組織法は「行政の組織」に関する法であり、国家行政組織法や地方自治法が代表例です。
2. 妥当でない。「権利を侵害された国民の救済手続」を定めるのは行政救済法です。また、行政手続法は行政作用法に分類されます。
3. 妥当でない。「行政が国民に対して行う活動のルール」を定めるのは行政作用法です。
4. 妥当でない。日本には「行政法」という名称の単一法典は存在しません。
5. 妥当でない。行政手続法は、処分や行政指導などの「手続」を定めるものであり、行政作用法に分類されます。組織について定めたものではありません。
1. 法律優位の原則は、侵害行政についてのみ適用され、給付行政や行政指導については適用されない。
2. 侵害留保説によれば、国民に義務を課したり権利を制限したりする活動についてのみ法律の根拠が必要であり、補助金の交付などの給付行政には法律の根拠は不要である。
3. 法律の法規創造力の原則とは、行政機関が制定する命令(政令・省令)が法律よりも優位にあるという原則をいう。
4. 全部留保説は、行政活動の自由度を確保するために、すべての行政活動について法律の根拠を不要とする考え方である。
5. 本質性説によれば、国民の権利義務に直接関係しない些細な事項であっても、すべて法律によって規定されなければならない。
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正解 2
解説:
1. 妥当でない。法律優位の原則は、侵害行政に限らず、給付行政や行政指導を含むすべての行政活動に適用されます(法律に違反してはならない)。
2. 妥当である。侵害留保説の説明として正しい記述です。
3. 妥当でない。法律の法規創造力の原則は、「国民の権利義務に関する法規(ルール)を創造できるのは国会(法律)のみ」とする原則です。命令が法律より優位になることはありません(憲法98条参照)。
4. 妥当でない。全部留保説は、すべての行政活動に「法律の根拠が必要」とする説です。不要とするわけではありません。
5. 妥当でない。本質性説は、「本質的な事項」について法律の根拠を要求するものであり、些細な事項まで全て法律で規定することを求めるものではありません。
1. 租税法律主義の原則は極めて厳格であるため、税務官庁が誤った公的見解を示し、納税者がそれを信頼して行動したとしても、信義則の適用によって適法な課税処分が取り消されることはあり得ない。
2. 児童遊園の設置認可処分であっても、それが実質的に個室付浴場の開業を阻止することのみを目的としてなされた場合、行政権の濫用として違法となる。
3. 国は、拘置所に収容された被勾留者に対し、特別な社会的接触関係にあるとはいえないため、国家賠償法上の責任を負うことはあっても、信義則上の安全配慮義務まで負うことは肯定されている。
4. 警察官が武器を使用する場合、相手方の凶悪性によっては、警察官職務執行法に規定する必要な限度を超えて使用することも、比例原則の観点から許容される。
5. 行政庁が特定の個人を差別的に取り扱ったとしても、行政裁量の範囲内であれば、平等原則違反として違法となることはない。
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正解 2
解説:
1. 妥当でない。最判昭62.10.30は、一定の厳格な要件(4要件)を満たす場合には、信義則の適用により課税処分が取り消されることがあるとしています。
2. 妥当である。最判昭53.6.16(個室付浴場事件)の判旨通りです。制度の趣旨を逸脱した目的での権限行使は、権利の濫用として違法となります。
3. 妥当でない。最判平28.4.21は、国は被勾留者に対し「信義則上の安全配慮義務を負わない」としています。(※解説文では「肯定されている」となっているため誤り)。
4. 妥当でない。比例原則(および警察官職務執行法)により、必要な最小限度を超えての実力行使は許されません。
5. 妥当でない。合理的な理由のない差別的取扱いは平等原則(憲法14条)に違反し、裁量の範囲を超えたものとして違法となります(最判昭30.6.24参照)。
5. まとめと学習のアドバイス
今回は行政法の「入り口」となる部分を解説しました。ポイントを整理します。
- 行政の定義:立法と司法を除いたもの(控除説)。
- 法律による行政の原理:特に「法律の留保」の各学説(侵害留保説・本質性説など)の違いを理解する。
- 一般原則:「信義則」と「権利濫用」の判例は、事案のストーリーと結論をセットで覚える。
行政法は、最初はとっつきにくいですが、具体的なイメージ(飲食店開業や、理不尽な税金など)を持つことで、一気に理解が進みます。今回の基本原理は、今後学習する「行政手続法」や「行政訴訟法」の土台となる部分ですので、しっかりと復習しておきましょう。
よくある質問(FAQ)
- Q1. 行政法という法律は六法全書のどこにありますか?
- 「行政法」という名前の単一の法律は存在しません。行政に関わる多数の法律(行政手続法、地方自治法など)の総称です。学習上、便宜的に「行政法」という科目が設けられています。
- Q2. 「法律による行政の原理」で一番重要なのはどれですか?
- 試験対策上は「法律の留保の原則」が最も重要です。特に「どの範囲の活動に法律の根拠が必要か」という学説の対立(侵害留保説、全部留保説など)は頻出テーマですので、違いを明確にしておきましょう。
- Q3. 信義則違反が認められるのはよくあることですか?
- いいえ、非常に稀です。特に租税関係においては、公平性が重視されるため、信義則の適用は極めて慎重に行われます。判例が示した4つの厳格な要件すべてを満たす例外的なケースに限られます。
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