都市計画や公共事業など、行政活動の多くは長期的な「計画」に基づいて行われます。
しかし、この「行政計画」は、時代の変化や財政状況によって変更されたり、中止されたりすることがあります。
では、行政が一度「ここに工場を誘致する!」と計画を立てておきながら、後になって「やっぱり中止」と言い出した場合、それを信じて準備を進めていた国民は泣き寝入りするしかないのでしょうか?
今回の講義では、行政計画の種類と法的性質、そして計画変更によって損害を受けた国民の救済(国家賠償責任)について、重要判例を交えて解説します。ここは記述式でも問われやすいテーマですので、しっかり理解しましょう。
- 行政計画の定義と分類(拘束的計画と非拘束的計画)
- 行政計画に「処分性」はあるか?(完結型と非完結型の違い)
- 計画変更と信頼保護の原則(判例のロジック)
- 計画の中止が違法となる要件(損害賠償の可否)
1. 行政計画の意味と分類
(1) 行政計画とは
行政計画とは、「一定の行政目的を達成するために目標を設定し、その手段を総合的に提示したもの」です。
(例)都市計画、土地区画整理事業計画、公害防止計画など。
行政計画は、将来の予測に基づいて策定されるため、他の行政行為(処分)に比べて、行政庁に広範な形成に自由(計画裁量)が認められるのが特徴です。
(2) 行政計画の分類
試験対策上、以下の2つの分類が重要です。
| 分類軸 | 種類 | 特徴・具体例 |
|---|---|---|
| 法的根拠の有無 | 法定計画 | 法律(都市計画法など)に基づいて策定されるもの。 ※国民の権利義務に関わる(拘束的な)計画は、必ず法定計画でなければなりません(法律の留保)。 |
| 事実上の計画 | 法律の根拠なく、行政内部の方針として策定されるもの。 (例:単なる将来ビジョン、努力目標など) |
|
| 拘束力の有無 | 拘束的計画 | 国民の権利義務を法的に制限するもの。 (例:用途地域指定、土地区画整理事業計画) ※処分性が認められ、取消訴訟の対象となる場合がある。 |
| 非拘束的計画 | 国民に対する法的な拘束力を持たないもの。 (例:勧告的なガイドライン) ※原則として処分性はなく、取消訴訟で争えない。 |
以前の判例は、行政計画(特に用途地域指定などの青写真)には「処分性がない」として訴訟を却下する傾向にありました。
しかし、近年(土地区画整理事業計画決定など)では、計画決定の段階で実質的な権利制限が生じるものについては「処分性あり」と認め、早期の救済を図る傾向にあります(青写真判決の見直し)。
2. 行政計画の変更と信頼保護(最重要論点)
行政計画は、長期的な見通しに基づくものですが、社会情勢の変化に応じて柔軟に変更・廃止される必要があります(事情変更の原則)。
したがって、「一度決めた計画は絶対に変更できない」というわけではありません。原則として、計画の変更・廃止は自由です。
しかし、計画を信頼して多額の投資をした国民がいる場合、その信頼を無視して一方的に変更することは許されるのでしょうか?
ここで登場するのが「信頼保護の原則(信義則)」です。
重要判例:工場誘致施策の変更(最判昭56.1.27)
記述式でも出題実績のある超重要判例です。ストーリーと結論を完璧に押さえましょう。
【事案】
X村は、工場誘致条例を作り、村長がA社に対して「村有地を売却して工場を建ててもらう。全面的に協力する」と約束し、議会の議決も経ていました。
A社はこれを信じて、用地の造成工事まで行いました。
ところが、村長選挙で「工場反対派」の新村長が当選し、施策を180度転換して工場建設を拒否しました。
A社は「約束が違う!損害を賠償しろ!」と訴えました。
【判旨のポイント】
最高裁は以下のロジックで、X村の損害賠償責任を認めました。
- 原則として、行政主体は施策を変更・廃止する自由がある(計画は固定的なものではない)。
- しかし、行政が特定の者に対して「個別的・具体的な勧告・勧誘」を行い、その者が計画の存続を信頼して活動(資金投入など)を行った場合、その信頼は保護されるべきである。
- そのような密接な関係が形成された場合、信義則(信頼保護の原則)により、行政は計画変更にあたって「代償的措置(補償など)」を講じるべき義務を負う。
- 代償措置を講ずることなく施策を変更し、相手方に看過しがたい損害を与えた場合、特段の事情(やむを得ない客観的事情)がない限り、それは違法(不法行為)となり、損害賠償責任を負う。
計画の変更自体は有効(工場は建てられない)ですが、それによって生じた損害(信頼利益)については、お金で賠償しなければならないということです。
比較判例:公務員の採用内定取消し(最判平19.12.13)
一方で、信頼保護が認められなかったケースもあります。
【事案】
郵政職員として採用された者が、実は「禁錮以上の刑」を受けた前科があり、欠格事由に該当していました。
本人はそれを隠して26年間も勤務していましたが、発覚後に「失職(クビ)」とされました。
本人は「26年も真面目に働いたのだから、今さらクビにするのは信義則違反だ」と主張しました。
【判旨】
最高裁は、この主張を退けました。
理由は、本人が欠格事由を隠して勤務していたという「帰責事由(自分に落ち度があること)」があるからです。自分の嘘で作り上げた信頼は保護されません。
3. 計画裁量と司法的統制
行政計画を立てる際、行政庁には広い裁量(計画裁量)があります。
しかし、その裁量も無制限ではありません。裁判所は、計画の決定過程(プロセス)に不合理な点がないかを審査します(判断過程審査)。
考慮すべき要素:
計画を策定する際に、
① 利益考量(メリット・デメリットの比較)を全く行わなかった。
② 重視すべき利益を軽視した(例:文化財保護よりも道路建設を優先しすぎた)。
③ 考慮すべきでない事項を考慮した。
これらの場合、裁量権の逸脱・濫用として計画決定は違法となります(小田急高架訴訟など)。
4. 実戦問題で確認!
1. 行政計画は、行政機関が将来の一定期間における行政活動の目標と手法を設定するものであるため、いかなる場合であっても国民の権利義務を法的に拘束することはない。
2. 国民の権利義務に直接影響を及ぼす拘束的な行政計画を策定する場合には、法律の根拠が必要であるが、非拘束的な計画であれば法律の根拠は不要である。
3. 都市計画法に基づく用途地域の指定は、建築物の建築制限という効果を伴うが、不特定多数の者を対象とする一般的指定であるため、抗告訴訟の対象となる行政処分には該当しない。
4. 土地区画整理事業計画の決定は、その段階では具体的な換地処分が行われていないため、土地所有者の権利義務に直接的な変動を生じさせるものではなく、処分性は認められない。
5. 行政計画には、計画策定権者の広範な裁量が認められるため、裁判所は計画の内容の当不当について審査することはあっても、その適法性について判断過程審査を行うことはできない。
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正解 2
解説:
1. 妥当でない。拘束的計画(例:用途地域指定など)は国民の権利義務を制限します。
2. 妥当である。侵害留保説の観点から、拘束的計画には法律の根拠が必要です。
3. 妥当でない(判例変更の可能性あり注意)。従来の判例(青写真判決)では処分性が否定されていましたが、近年の傾向(土地区画整理など)を踏まえると、実質的な権利制限があれば処分性が認められる方向です。ただし、用途地域指定単体については依然として処分性否定が通説的ですが、本問の文脈では「いかなる場合も~ない」等の強い否定ではないため保留。しかし、選択肢2が明確に正しいです。
4. 妥当でない。最大判平20.9.10により、土地区画整理事業計画の決定には処分性が認められています。
5. 妥当でない。裁判所は「適法性(裁量の逸脱濫用)」について判断過程審査を行います。「当不当」の審査は行いません(逆です)。
1. 地方公共団体は、社会情勢の変動等に伴い施策を変更する必要がある場合には、原則として独自にその決定を行うことができ、過去の決定に法的に拘束されるものではない。
2. 地方公共団体が特定の者に対して個別的・具体的な勧告を行い、その者がこれを信頼して多額の資金を投入した後に施策を変更する場合、信義則上の配慮義務が生じる。
3. 上記のような信頼関係が形成された後に施策を変更する場合、地方公共団体は、やむを得ない客観的事情がない限り、補償などの代償的措置を講じる義務を負う。
4. 代償的措置を講ずることなく施策を変更し、相手方に看過しがたい損害を与えた場合、その施策変更自体が違法となり無効とされるため、相手方は従前の施策の続行を強制することができる。
5. このような場合における地方公共団体の責任は、施策変更による違法な権利侵害に対する不法行為責任(国家賠償責任)として問われることとなる。
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正解 4
解説:
1, 2, 3, 5は判例の趣旨通りで妥当です。
4. 妥当でない。判例は、施策変更によって損害を与えたことは違法(不法行為)としつつも、施策変更自体の効力(工場の拒否)は有効としています。つまり、金銭賠償の問題となり、施策の続行(工場の建設)までは強制できません。
「地方公共団体において右損害を補償するなどの[ ア ]を講ずることなく施策を変更することは、それがやむをえない[ イ ]によるのでない限り、当事者間に形成された[ ウ ]を不当に破壊するものとして違法性を帯び、地方公共団体の不法行為責任を生ぜしめる。」
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正解 2
解説:
判例のキーワードは「代償的措置」「客観的事情」「信頼関係」です。特に「代償的措置(補償)」を講じなかったことが違法の決め手となります。
5. まとめと学習のアドバイス
行政計画の分野は、以下の2点を中心に学習してください。
- 処分性の有無:「土地区画整理事業計画の決定」には処分性がある(最新判例の傾向)。
- 計画変更の責任:「変更は自由だが、特定の信頼を裏切るなら金を払え(代償措置)」という判例のバランス感覚を理解する。
特に、計画変更による国家賠償請求は、記述式試験で「どのような理由で、どのような責任を追及できるか」と問われる可能性が高いです。「個別的具体的な勧誘」「信頼関係の形成」「代償的措置の欠如」といったキーワードを使って説明できるようにしておきましょう。
よくある質問(FAQ)
- Q1. 「処分性」があるとはどういう意味ですか?
- その行為に対して、直接「取消訴訟(処分の取消しの訴え)」を提起できるということです。処分性がない行為(一般的な行政計画など)の場合、取消訴訟を起こしても「不適法」として門前払い(却下)されてしまいます。
- Q2. なぜ土地区画整理事業計画には処分性が認められたのですか?
- 以前は、計画決定の段階ではまだ具体的な権利侵害はないとされていました。しかし、最高裁(平20)は、計画決定がされると建築制限などの法的規制がかかることや、事業が進んでから争うのは困難であることから、早期の段階で争えるようにすべきとして、処分性を認めました(実効的な権利救済の観点)。
- Q3. 信義則(信頼保護)違反で計画変更を「無効」にできますか?
- 原則としてできません。判例は、損害賠償(お金)での解決を認めるにとどまり、計画変更そのものを無効にして元の計画を強制することまでは認めていません。行政には公益のために計画を変える権限が必要だからです。
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