長年連れ添った夫が亡くなり、残された妻が「このまま自宅に住み続けたい」と願うのはごく自然なことです。しかし、かつての民法では、このささやかな願いが原因で、妻がその後の生活費に困窮してしまうという深刻な問題が起きていました。
例えば、遺産が「自宅(2,000万円)」と「預貯金(3,000万円)」の合計5,000万円で、相続人が妻と子(法定相続分は2,500万円ずつ)だったとします。妻が自宅(2,000万円)を相続すると、預貯金は500万円しかもらえません。これでは、住む場所はあっても、老後の生活費が足りなくなってしまいます。
この問題を解決するために、近年の民法改正で創設された画期的な制度が「配偶者居住権」です。自宅の権利を「住む権利(居住権)」と「それ以外の権利(所有権)」に切り離すことで、配偶者が自宅に住み続けながら、十分な預貯金も確保できるようにしたのです。この制度は行政書士試験でも超頻出テーマとなっています。この記事では、配偶者居住権の仕組みや要件、そして「配偶者短期居住権」との違いを、具体例を交えて分かりやすく解説します。
- 配偶者居住権が創設された理由(制度趣旨)とメリット
- 配偶者居住権の成立要件と、例外的に成立しないケース(共有の例外)
- 存続期間(終身の原則)と、第三者に対抗するための「登記」のルール
- 配偶者の権利と義務(善管注意義務、譲渡禁止、必要費の負担など)
- 「配偶者居住権」と「配偶者短期居住権」の決定的な違い
- 本試験レベルの多肢選択式問題による実戦演習
1. 配偶者居住権とは?(基本概念と制度趣旨)
(1) 配偶者居住権の意味
配偶者居住権とは、被相続人の配偶者が、被相続人の財産に属した建物に相続開始の時に居住していた場合において、一定の要件を満たすことにより、その居住していた建物の全部について無償で使用及び収益をする権利です(民法1028条1項本文)。
簡単に言えば、「家の所有権は他の相続人(子供など)に渡すけれど、残された配偶者はタダで死ぬまでその家に住み続けていいよ」という権利です。
■ 具体例で見る配偶者居住権のメリット
夫Aさんが死亡し、相続人は妻Bさんと子Cさんの2人。遺産は「自宅(評価額2,000万円)」と「預貯金(3,000万円)」の合計5,000万円です。法定相続分は1/2ずつ(2,500万円ずつ)です。
- 【従来の遺産分割】
妻Bさんが自宅(2,000万円)を相続すると、法定相続分(2,500万円)に達するまで、預貯金は500万円しかもらえません。老後の生活費に不安が残ります。 - 【配偶者居住権を利用した遺産分割】
自宅の権利を、妻Bさんの「配偶者居住権(評価額1,000万円)」と、子Cさんの「負担付き所有権(評価額1,000万円)」に分けます。
妻Bさんは、配偶者居住権(1,000万円)+ 預貯金1,500万円 = 2,500万円を取得します。
子Cさんは、負担付き所有権(1,000万円)+ 預貯金1,500万円 = 2,500万円を取得します。
結果として、妻Bさんは「住み慣れた自宅」と「十分な生活費(1,500万円)」の両方を確保できるのです。
(2) 配偶者居住権が成立しない例外(共有のケース)
配偶者居住権は、被相続人が単独で所有していた建物だけでなく、被相続人と配偶者が共有していた建物でも成立します。
しかし、被相続人が「配偶者以外の者」と共有していた場合には、配偶者居住権は取得できません(民法1028条1項ただし書)。
例えば、夫Aさんが、友人Dさんと自宅を共有していたとします。この場合に妻Bさんに配偶者居住権を認めてしまうと、全く関係のない友人Dさんが「自分の持ち分なのに自由に家を使えない」という不利益を被ってしまうからです。共有者を保護するための重要な例外ルールです。
2. 配偶者居住権の成立要件と審判
(1) 配偶者居住権が成立する要件
配偶者居住権は、相続が開始したからといって自動的に発生するわけではありません。以下のいずれかの要件を満たす必要があります(民法1028条1項各号)。
- 遺産の分割によって配偶者居住権を取得するものとされたとき(相続人同士の話し合いで決めた場合)。
- 配偶者居住権が遺贈の目的とされたとき(被相続人が「妻に配偶者居住権を遺贈する」と遺言を残していた場合)。
(2) 審判による配偶者居住権の取得
遺産分割の話し合い(協議)がまとまらず、家庭裁判所に遺産分割の審判を申し立てた場合、家庭裁判所は、以下のケースに限り、配偶者が配偶者居住権を取得する旨を定めることができます(民法1029条)。
- 共同相続人間に、配偶者が配偶者居住権を取得することについて合意が成立しているとき。
- 配偶者が取得を希望する旨を申し出た場合において、居住建物の所有者の受ける不利益の程度を考慮してもなお、配偶者の生活を維持するために特に必要があると認めるとき。
つまり、他の相続人が反対していても、配偶者の生活を守るためにどうしても必要であれば、家庭裁判所の権限で配偶者居住権を認めることができるのです。
3. 存続期間と登記のルール
(1) 存続期間は原則「終身」
配偶者居住権の存続期間は、原則として「配偶者の終身の間(配偶者が死亡するまで)」とされています(民法1030条本文)。残された配偶者が、生涯にわたって安心して住み続けられるようにするためです。
ただし、遺産分割協議や遺言、あるいは家庭裁判所の審判において、「期間を10年とする」といった別段の定めをすることも可能です(民法1030条ただし書)。
(2) 第三者に対抗するための「登記」
ここが試験で非常に狙われやすいポイントです。
配偶者居住権は、建物の所有権とは別の権利です。もし、建物の所有権を相続した子Cさんが、勝手にその建物を第三者Eさんに売却してしまったらどうなるでしょうか?
妻Bさんが「私には配偶者居住権がある!」と第三者Eさんに主張(対抗)するためには、配偶者居住権の登記を備えておく必要があります。
そのため民法は、居住建物の所有者(子Cさん)に対し、配偶者(妻Bさん)に対して配偶者居住権の設定の登記を備えさせる義務を負わせています(民法1031条1項)。この登記申請は、配偶者と建物の所有者が共同して行います。
4. 配偶者の権利と義務(使用・収益・修繕)
配偶者居住権を取得した配偶者は、タダで家に住める代わりに、一定の義務を負います。
(1) 善管注意義務と用法の遵守
配偶者は、従前の用法に従い、善良な管理者の注意(善管注意義務)をもって、居住建物の使用及び収益をしなければなりません(民法1032条1項)。他人の所有物を使わせてもらっている以上、大切に扱う義務があるということです。
なお、相続開始時に「居住の用に供していなかった部分(例:物置や空き部屋)」についても、配偶者居住権取得後は、居住の用に供することが可能です。
(2) 譲渡の禁止と所有者の承諾
配偶者居住権は、残された配偶者の生活を保護するための「一身専属的」な権利です。したがって、他人に譲渡することはできません(民法1032条2項)。
また、配偶者は、居住建物の所有者の承諾を得なければ、以下の行為をすることができません(民法1032条3項)。
- 居住建物の改築若しくは増築
- 第三者に居住建物の使用若しくは収益をさせること(例:人に貸して家賃収入を得ること)
(3) 居住建物の修繕と費用の負担
建物が古くなって雨漏りした場合など、配偶者は、居住建物の使用及び収益に必要な修繕を自らすることができます(民法1033条1項)。
もし修繕が必要なのに配偶者が相当の期間内に修繕しないときは、建物の所有者が修繕をすることができます(民法1033条2項)。
配偶者は、居住建物の「通常の必要費(固定資産税や、障子の張り替えなどの軽微な修繕費)」を負担します(民法1034条1項)。タダで住まわせてもらっている以上、日常的な維持管理費は自分で払いなさい、というルールです。
※ただし、台風で屋根が吹き飛んだ場合の大規模な修繕費(特別必要費)や、建物の価値を高める有益費については、所有者が負担することになります。
5. 配偶者短期居住権との比較
配偶者居住権と似た名前の制度に「配偶者短期居住権」があります。両者は目的も性質も全く異なるため、試験では必ず比較して出題されます。
(1) 配偶者短期居住権とは?
配偶者が、被相続人の建物に相続開始時に無償で居住していた場合、遺産分割協議が終わるまでの間、突然「家から出て行け」と言われないように、最低6ヶ月間は無償で住み続けられる権利です(民法1037条1項)。
(2) 2つの居住権の比較表
| 比較項目 | 配偶者居住権(長期) | 配偶者短期居住権 |
|---|---|---|
| 目的 | 配偶者の長期的な居住と生活費の確保 | 遺産分割が終わるまでの当面の間の居住の保護 |
| 発生要件 | 遺産分割協議、遺言、家裁の審判が必要 | 相続開始時に居住していれば法律上当然に発生する |
| 存続期間 | 原則として終身(別段の定めも可) | 遺産分割により建物の帰属が確定した日、または所有者から消滅の申入れを受けた日から6ヶ月を経過する日のいずれか遅い日 |
| 登記の可否 | できる(所有者に登記義務あり) | できない(登記がなくても保護される) |
| 譲渡の可否 | できない | できない |
6. 実戦問題で確認!
1. 被相続人が相続開始の時に居住建物を配偶者以外の第三者と共有していた場合であっても、配偶者は、遺産分割協議により配偶者居住権を取得することができる。
2. 配偶者居住権の存続期間は、遺産分割協議や遺言で別段の定めをしない限り、配偶者の終身の間とされる。
3. 遺産分割の請求を受けた家庭裁判所は、共同相続人間に合意がない場合には、いかなる事情があっても配偶者居住権を取得する旨の審判をすることはできない。
4. 配偶者居住権は、相続開始時に被相続人の建物に無償で居住していた配偶者に対して、法律上当然に発生する権利である。
5. 居住建物が遺産分割により配偶者自身の単独所有となった場合でも、配偶者居住権は消滅せず、所有権と併存する。
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正解 2
解説:
1. 誤り。被相続人が配偶者以外の者と共有していた場合は、共有者保護のため配偶者居住権は成立しません(民法1028条1項ただし書)。
2. 正しい。存続期間は原則として「配偶者の終身の間」です(民法1030条本文)。
3. 誤り。共同相続人間に合意がなくても、配偶者の生活を維持するために特に必要があると認めるときは、家庭裁判所は審判で配偶者居住権を定めることができます(民法1029条2号)。
4. 誤り。法律上当然に発生するのは「配偶者短期居住権」です。配偶者居住権は遺産分割協議や遺言などが必要です。
5. 誤り。配偶者自身が建物の単独所有者となった場合、自分の物に居住権を設定する意味がないため、混同により配偶者居住権は消滅します。
1. 配偶者は、従前の用法に従い、善良な管理者の注意をもって、居住建物の使用及び収益をしなければならない。
2. 居住建物の所有者は、配偶者居住権を取得した配偶者に対し、配偶者居住権の設定の登記を備えさせる義務を負う。
3. 配偶者は、居住建物の所有者の承諾を得ることなく、自由に配偶者居住権を第三者に譲渡することができる。
4. 配偶者は、居住建物の所有者の承諾を得なければ、居住建物の改築若しくは増築をし、又は第三者に居住建物の使用若しくは収益をさせることができない。
5. 配偶者は、居住建物の通常の必要費(固定資産税や軽微な修繕費など)を負担しなければならない。
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正解 3
解説:
1. 正しい。配偶者は善管注意義務を負います(民法1032条1項)。
2. 正しい。第三者に対抗するため、所有者には登記を備えさせる義務があります(民法1031条1項)。
3. 誤り。配偶者居住権は配偶者の生活保護を目的とする一身専属的な権利であるため、譲渡することはできません(民法1032条2項)。
4. 正しい。改築・増築や第三者への賃貸には、所有者の承諾が必要です(民法1032条3項)。
5. 正しい。無償で使用できる代わりに、通常の必要費は配偶者が負担します(民法1034条1項)。
1. 配偶者居住権も配偶者短期居住権も、第三者に対抗するためには登記を備えなければならない。
2. 配偶者短期居住権は、被相続人が相続開始の時に居住建物を配偶者以外の第三者と共有していた場合であっても、成立する。
3. 配偶者短期居住権の存続期間は、いかなる場合であっても相続開始の時から起算してきっちり6ヶ月間である。
4. 配偶者居住権を取得した配偶者は、居住建物の通常の必要費を負担するが、配偶者短期居住権を取得した配偶者は、通常の必要費を負担する義務を負わない。
5. 配偶者短期居住権は、遺産分割協議が成立するまでの間、配偶者の居住を保護するための権利であり、相続開始時に無償で居住していた配偶者に対して法律上当然に発生する。
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正解 5
解説:
1. 誤り。配偶者居住権は登記できますが、配偶者短期居住権は登記することができません。
2. 誤り。配偶者短期居住権も、配偶者居住権と同様に、被相続人が配偶者以外の者と共有していた場合には成立しません(民法1037条1項ただし書)。
3. 誤り。配偶者短期居住権の存続期間は、「遺産分割により建物の帰属が確定した日」または「所有者から消滅の申入れを受けた日から6ヶ月を経過する日」のいずれか遅い日です。きっちり6ヶ月とは限りません。
4. 誤り。配偶者短期居住権を取得した配偶者も、居住建物の通常の必要費を負担する義務を負います(民法1041条で1034条を準用)。
5. 正しい。配偶者短期居住権は、遺産分割等の手続きを待たずに法律上当然に発生する当面の保護措置です(民法1037条1項)。
7. まとめと学習のアドバイス
配偶者居住権は、近年の民法改正で新設された非常に重要なテーマです。学習の際は、以下のポイントを整理しておきましょう。
- 制度の目的:自宅の「所有権」と「居住権」を切り離し、配偶者が住む場所と生活費(預貯金)の両方を確保できるようにすること。
- 成立しない例外:被相続人が「配偶者以外の第三者」と共有していた場合は、第三者保護のため成立しない。
- 登記と譲渡:第三者に対抗するために「登記」ができる(所有者に義務あり)。しかし、他人に「譲渡」することはできない。
- 短期居住権との違い:長期的な保護(配偶者居住権)か、当面の間の保護(短期居住権)か。当然に発生するかどうかの違いを比較表で確認する。
本試験では、配偶者居住権と配偶者短期居住権の要件を入れ替えた引っかけ問題がよく出題されます。それぞれの制度が「なぜ作られたのか」という趣旨を理解しておけば、迷わずに正解を導き出すことができるでしょう。
よくある質問(FAQ)
- Q1. 配偶者居住権は、配偶者が亡くなったら子供に相続されますか?
- 相続されません。配偶者居住権は、残された配偶者自身の生活を保護するための「一身専属的」な権利です。したがって、配偶者が死亡した時点で配偶者居住権は消滅し、建物の所有者(負担付き所有権を持っていた子供など)が完全な所有権を取得することになります。
- Q2. 配偶者居住権を登記しないとどうなりますか?
- もし登記をしていない間に、建物の所有者(子供など)が勝手にその建物を第三者に売却してしまった場合、配偶者は新しい所有者に対して「私には住む権利がある」と主張(対抗)することができず、立ち退きを求められるリスクがあります。そのため、所有者には登記を備えさせる義務が課されています。
- Q3. 配偶者居住権と配偶者短期居住権は何が違うのですか?
- 「配偶者居住権」は、遺産分割協議や遺言によって取得するもので、原則として「死ぬまで(終身)」住み続けられる長期的な権利です。一方、「配偶者短期居住権」は、遺産分割の話し合いが終わるまでの間、突然追い出されないように「最低6ヶ月間」は無償で住めるという、法律上当然に発生する当面の保護措置です。
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