行政庁が「違法建築物を壊しなさい」と命令しても、相手が無視し続けたらどうなるでしょうか?
民間の世界なら、裁判所に訴えて判決をもらい、強制執行を申し立てるという長い道のりが必要です。
しかし、行政の世界には「自力執行力」という特権があります。裁判所の力を借りずに、行政庁自らの手で強制的に義務を実現できるのです。
今回は、この強力なパワーである「行政上の強制執行」について解説します。
特に「代執行(だいしっこう)」は、行政書士試験で毎年と言っていいほど出題される超重要テーマです。また、「行政は裁判を使えるのか?」という論点(宝塚市条例事件)も記述式対策として必須です。
- 行政上の強制執行の4分類(代執行・執行罰・直接強制・強制徴収)
- 「代執行」ができる要件と具体的な手続きの流れ
- 「執行罰」と「行政罰」の決定的な違い
- 行政庁は民事訴訟で義務履行を求められるか?(重要判例)
1. 行政上の義務履行確保の全体像
国民が行政上の義務を果たさない場合や、緊急の必要がある場合、行政機関がとれる手段は大きく分けて3つあります。
| 種類 | 内容 | 目的 |
|---|---|---|
| 行政上の強制執行 | 義務を履行しない国民に対し、強制的に履行させる、または履行されたのと同じ状態を作る。 | 将来に向けた義務の実現 |
| 行政罰 | 過去の義務違反に対し、制裁として刑罰や過料を科す。 | 過去の違反への制裁 |
| 即時強制 | 義務の不履行を前提とせず、切迫した状況でいきなり身体や財産に実力を行使する。 (例:火事の際の消火活動、感染症患者の強制入院) |
緊急時の行政目的達成 |
「強制執行」と「行政罰」は目的が違う(将来の実現 vs 過去の制裁)ため、併科(両方行うこと)が可能です。
一方、「強制執行」は義務の不履行が前提ですが、「即時強制」は義務を命じる暇がない場合などに行われるため、義務の不履行を前提としません。
2. 行政上の強制執行(4つの手段)
行政上の強制執行には、以下の4つの種類があります。試験では「どの義務に対して、どの手段が使えるか」が問われます。
| 手段 | 対象となる義務 | 根拠法 | 内容 |
|---|---|---|---|
| 代執行 (だいしっこう) |
代替的作為義務 (他人が代わってできること) |
行政代執行法 (一般法あり) |
行政庁が代わって行い、費用を徴収する。 (例:違法建築の取壊し) |
| 執行罰 (しっこうばつ) |
非代替的作為義務 不作為義務 |
砂防法など (一般法なし) |
「やらないと過料を取るぞ」と脅して心理的に強制する。 (別名:間接強制) |
| 直接強制 (ちょくせつきょうせい) |
すべての義務 | 成田新法など (一般法なし) |
身体や財産に直接実力を行使する。 (例:不法占拠者を無理やり排除する) |
| 強制徴収 (きょうせいちょうしゅう) |
金銭給付義務 | 国税徴収法など | 財産を差し押さえて換価する。 (例:税金の滞納処分) |
行政代執行法1条により、行政上の義務履行確保は「別に法律で定めるものを除いては、この法律(行政代執行法)の定めるところによる」とされています。
ここから以下のルールが導かれます。
1. 代執行は、法律だけでなく「条例」で定めた義務に対しても可能。
2. 執行罰・直接強制は、人権侵害の度合いが強いため、「法律」の根拠が必要(条例では設定できない)。
3. 代執行(行政代執行法)の詳細
試験で最も狙われるのがこの「代執行」です。要件と手続きを完璧に覚えましょう。
(1) 代執行の要件(法2条)
以下の4つの要件すべてを満たす必要があります。
- 法律(または条例)により命ぜられた「代替的作為義務」であること
※「他人が代わってなすことのできる行為」に限られます。退去義務や健康診断受診義務などは、本人がやらないと意味がない(非代替的)ので代執行できません。 - 義務者がこれを履行しないこと
- 他の手段によってその履行を確保することが困難であること
(補充性:最後の手段であること) - その不履行を放置することが著しく公益に反すると認められること
(2) 代執行の手続き(法3条~6条)
原則として、以下のステップを踏む必要があります。
- ① 戒告(かいこく)
「〇月〇日までにやらないと代執行しますよ」と文書で警告する。 - ② 代執行令書の送付(通知)
期限までにやらない場合、「いつ、誰が来て、いくらかかるか」を文書で通知する。 - ③ 代執行の実施
実際に壊す。執行責任者は証票を携帯し、提示しなければならない。 - ④ 費用の徴収
かかった費用を義務者に納付命令する。払わない場合は国税滞納処分の例により強制徴収できる。
非常の場合や危険切迫の場合には、①戒告と②通知の手続きを省略して、いきなり代執行することができます(法3条3項)。
4. その他の強制手段(執行罰・直接強制)
(1) 執行罰(過料)
「明日までにやらないと1万円取るぞ、それでもやらなければまた取るぞ」と心理的に圧迫して義務履行を促すものです。
特徴:
・過去の制裁(行政罰)ではなく、将来に向けた強制手段。
・義務が履行されるまで、何度でも繰り返し科すことができる。
・現在、法律上の根拠は「砂防法」くらいしかなく、ほとんど使われていない。
(2) 直接強制
義務者の身体や財産に直接実力を加える、最も強力な手段です。
人権侵害の恐れが強いため、ごく限られた法律(成田新法など)にしか規定がありません。条例で定めることはできません。
5. 司法的執行は可能か?(重要判例)
行政庁が、自力執行権(代執行など)を使わずに、あえて裁判所に「民事訴訟」を起こして義務の履行を求めることはできるのでしょうか?
(1) 強制徴収できる場合(最大判昭41.2.23)
結論:民事訴訟は提起できない。
国税や保険料など、法律で「国税滞納処分の例による(=自力で差し押さえできる)」とされている場合、行政庁はわざわざ裁判所の手を借りる必要がありません(簡易迅速な行政権の行使が認められているため)。したがって、訴えの利益がなく不適法となります。
(2) 法律に規定がない場合(宝塚市パチンコ条例事件・最判平14.7.9)
事案:
宝塚市が条例で「パチンコ店の建築禁止」を定めましたが、業者が無視して建設を強行しようとしました。
条例には違反者に対する「中止命令」の規定はありましたが、強制執行の規定や罰則がありませんでした。
そこで市は、裁判所に「工事の中止」を求める民事訴訟(仮処分)を提起しました。
判旨(結論):訴えは不適法(却下)。
行政上の義務履行確保は、行政権の主体として行うものであり、国や自治体が「財産権の主体(地主など)」として行う場合とは異なる。
行政上の義務の履行を求める訴訟は「法律上の争訟」に当たらず、法律に特別の規定(行政代執行法など)がない限り、裁判所を利用することはできない。
「行政には自力執行権(代執行)という強力な特権が与えられている(行政代執行法)。それ以外の手段(民事訴訟など)を使いたいなら、国会が法律で認めるべきであり、行政が勝手に裁判所を利用することは許されない」という三権分立的な考え方です。
6. 実戦問題で確認!
1. 代執行の対象となる義務は、法律により直接命ぜられたもの、または法律に基づき行政庁により命ぜられたものに限られ、条例により命ぜられた義務は対象とならない。
2. 代執行を行うには、原則として文書による戒告と代執行令書の通知が必要であるが、非常の場合または危険切迫の場合には、これらの手続きを経ないで代執行をすることができる。
3. 代執行に要した費用は、義務者から徴収することができるが、その徴収については民事訴訟法上の強制執行の手続きによらなければならない。
4. 代執行は、代替的作為義務の不履行に対する強制手段であるが、他の手段によってその履行を確保することが困難である場合に限り行うことができ、公益に反するか否かは要件とされていない。
5. 行政上の義務履行確保に関しては、行政代執行法が一般法としての地位を占めているため、直接強制や執行罰についても、同法の定めるところにより行うことができる。
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正解 2
解説:
1. 妥当でない。代執行の対象となる義務には、条例に基づくものも含まれます(法2条)。
2. 妥当である。緊急時の手続き省略規定です(法3条3項)。
3. 妥当でない。費用の徴収は「国税滞納処分の例」により行います(法6条1項)。民事訴訟ではありません。
4. 妥当でない。「その不履行を放置することが著しく公益に反すると認められるとき」も要件の一つです(法2条)。
5. 妥当でない。行政代執行法は「代執行」についてのみ定めています。直接強制や執行罰を行うには、個別の法律の根拠が必要です。
1. 執行罰は、義務の不履行に対し過料を科すことを予告して心理的圧迫を加える手段であり、義務が履行されるまで複数回にわたり科すことができる。
2. 直接強制は、義務者の身体や財産に直接実力を加える手段であり、人権侵害の度合いが強いため、条例で定めることはできず、法律の根拠が必要である。
3. 行政上の強制徴収は、金銭給付義務の不履行に対する手段であり、一般法として国税徴収法が存在するほか、個別の法律で同法の規定を準用することが多い。
4. 即時強制は、義務の不履行を前提として行われる強制手段であり、目前急迫の障害を除くために必要がある場合に行われる。
5. 簡易代執行は、義務者が確知できない場合などに、通常の手続きを省略して行われる代執行であり、建築基準法などに規定がある。
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正解 4
解説:
1, 2, 3, 5は正しい記述です。
4. 妥当でない。即時強制は、「義務の不履行を前提としない」点に特徴があります(例:火災時の消火活動など)。義務の不履行を前提とするのは「強制執行」です。
1. 国または地方公共団体が、専ら行政権の主体として国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟は、法律上の争訟に当たるため、法律に特別の規定がなくとも提起することができる。
2. 地方公共団体が、条例違反の建築工事の中止を求める仮処分を申請することは、行政代執行法による代執行が可能な場合であっても、より簡易迅速な解決手段として認められる。
3. 行政上の義務の履行確保に関しては、行政代執行法が一般法として代執行のみを認めていることから、国または地方公共団体が民事訴訟の方法により義務の履行を求めることは、法律に特別の規定がない限り許されない。
4. 国または地方公共団体が、財産権の主体として自己の財産上の権利利益の保護救済を求める訴訟(例えば、公営住宅の明渡し請求)を提起することは、行政権の主体としての活動であるため認められない。
5. 法律が行政庁に自力執行権を付与していない場合、行政庁は義務の履行を確保する手段を持たないことになるため、補充的に民事訴訟による義務履行請求が認められる。
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正解 3
解説:
1. 妥当でない。行政権の主体として行う義務履行請求訴訟は「法律上の争訟」に当たらず、不適法です。
2. 妥当でない。代執行が可能かどうかにかかわらず、民事訴訟(仮処分含む)の利用は否定されています。
3. 妥当である。宝塚市条例事件(最判平14.7.9)の判旨そのものです。
4. 妥当でない。財産権の主体として(大家さんとして)行う訴訟は、民事訴訟として認められます。
5. 妥当でない。自力執行権がないからといって、安易に民事訴訟を利用することは認められません(立法で解決すべきという立場)。
5. まとめと学習のアドバイス
今回の分野は、以下の対比を整理して覚えることが重要です。
- 代執行 vs 他の強制執行:代執行だけが「代替的作為義務」限定で、一般法がある。
- 執行罰 vs 行政罰:執行罰は「将来への強制(繰り返しOK)」、行政罰は「過去への制裁(一事不再理)」。
- 行政的執行 vs 司法的執行:原則として行政は裁判所を使えない(自力でやれ、または法律を作れ)。
特に「宝塚市条例事件」は、記述式で「なぜ訴えが却下されたのか?」を問われる可能性があります。「法律上の争訟に当たらない」「行政代執行法が一般法であり、民事訴訟を認める特別の規定がない」というキーワードを書けるようにしておきましょう。
よくある質問(FAQ)
- Q1. 「代替的作為義務」とは具体的に何ですか?
- 「他人が代わってやっても同じ結果になる義務」のことです。例えば、「違法な建物を壊す(除却義務)」や「ゴミを片付ける(清掃義務)」などです。これらは業者がやっても結果は同じです。逆に「退去する」「健康診断を受ける」などは本人がやらないと意味がないので「非代替的」です。
- Q2. 執行罰(過料)と秩序罰(過料)は何が違うのですか?
- どちらも「過料(かりょう)」という金銭を徴収しますが、目的が違います。執行罰は「義務を履行させるための脅し(将来)」であり、秩序罰は「軽微な違反に対する制裁(過去)」です。執行罰は砂防法などごく一部にしかありませんが、秩序罰は届出義務違反など多くの法律にあります。
- Q3. なぜ行政は民事訴訟を使えないのですか?
- 行政には、自力で義務を実現する強力な権限(代執行など)や、命令を出す権限が与えられているからです。それなのに、対等な当事者間の紛争解決手段である民事訴訟を使うことは、制度の趣旨に反すると考えられています。行政が楽をするために裁判所を使うな、ということです。
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