「営業停止処分を受けたので、取消訴訟を起こしました!」
しかし、裁判の結果が出るまでには半年、1年とかかるのが普通です。その間、お店はずっと営業停止のままなのでしょうか? もしそうなら、勝訴判決が出た頃にはお店が潰れてしまっているかもしれません。
「裁判に勝ったけど、もう手遅れだった」
そんな悲劇を防ぐためにあるのが、処分の効力を一時的にストップさせる「執行停止(しっこうていし)」という制度です。
しかし、行政事件訴訟法では、民事訴訟のような「仮処分」は使えません。また、原則として「訴えても処分は止まらない(執行不停止)」という厳しいルールがあります。
今回の講義では、受験生が行政不服審査法と混同しやすい「執行停止の要件・手続」や、行政法独自のユニークな制度である「内閣総理大臣の異議」について、徹底的に解説します。
- なぜ行政訴訟では「仮処分」が使えないのか?
- 執行停止が認められるための「積極要件」と「消極要件」
- 「重大な損害」とは具体的にどういうことか?
- 「内閣総理大臣の異議」という伝家の宝刀の仕組み
- 本試験レベルの多肢選択式問題による実戦演習
1. 仮処分の排除と執行不停止の原則
(1) 仮処分の排除(44条)
民事訴訟では、裁判の決着がつくまでの間、現状を維持するために「仮処分(かりしょぶん)」という制度がよく使われます。
しかし、行政事件訴訟法では、「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」については、民事保全法上の仮処分をすることができないと規定されています。
理由:
行政処分は公益のために行われるものであり、裁判所が安易に仮処分で止めてしまうと、行政運営に支障が出るおそれがあるからです。
その代わりとして用意されているのが、行政事件訴訟法独自の「執行停止」という制度です。
(2) 執行不停止の原則(25条1項)
ここがスタートラインです。
「処分の取消しの訴えの提起は、処分の効力、処分の執行又は手続の続行を妨げない。」
つまり、「裁判を起こしても、処分は止まらない」のが原則です。
税金の課税処分を取り消す裁判を起こしても、税金の支払期限は待ってくれませんし、滞納すれば差押えも進んでしまいます。
行政不服審査法でも「執行不停止」が原則でしたね。行政法全体を通じて、「文句を言ってもとりあえず処分は動く」というのが基本ルールです。
2. 執行停止の要件(例外的に止める場合)
原則は止まりませんが、そのままでは原告に回復不能なダメージを与える場合があります。
そこで、一定の要件を満たせば、裁判所は「執行停止」を決定することができます。
要件は、原告が証明すべき「積極要件」と、行政側が反証すべき「消極要件」に分かれます。
(1) 積極要件(原告が主張・疎明する)
- 適法な訴訟が係属していること
(本案訴訟が提起されていなければなりません。訴えが却下されるような場合はダメです。) - 重大な損害を避けるために緊急の必要があること
(ここが最大の山場です。)
「重大な損害」の判断基準(25条3項)
平成16年の改正前は「回復の困難な損害」という厳しい要件でしたが、現在は「重大な損害」に緩和されています。
裁判所は、以下の要素を総合的に考慮して判断します。
- 損害の回復の困難の程度
- 損害の性質及び程度
- 処分の内容及び性質
(例)営業停止処分により、資金繰りが悪化して倒産するおそれがある場合や、信用が失墜して事業継続が困難になる場合などは、「重大な損害」と認められやすくなります。
(2) 消極要件(行政側が主張・疎明する)
- 公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがないこと
(例:危険な建物の除却命令を止めると、倒壊して通行人が死ぬかもしれない場合など。) - 本案について理由がないとみえるときでないこと
(原告が勝つ見込みが全くない(明らかに負け筋)の場合は、止める意味がありません。)
「証明」よりもハードルの低い立証のことです。「一応確からしい」と裁判官に思わせればOKです。緊急を要する手続きなので、厳密な証明までは求められません。
3. 執行停止の手続と内容
(1) 申立てが必要(職権不可)
ここが行政不服審査法との最大の違いです。
行政事件訴訟法の執行停止は、「原告の申立て」がなければできません。裁判所が職権(自分の判断)ですることはできません。
※行政不服審査法では、審査庁が職権で執行停止できましたね。混同しないようにしましょう。
(2) 決定のプロセス
- 口頭弁論は不要:書面審査だけで決定できます(迅速性のため)。
- 意見聴取:あらかじめ、当事者(行政庁)の意見をきかなければなりません(25条5項)。
(3) 執行停止の内容(3種類)
執行停止には、以下の3つのメニューがあります。
| 種類 | 内容 | 効力の強さ |
|---|---|---|
| 処分の効力の停止 | 処分がなかったのと同じ状態にする。 (例:営業停止処分の効力を消す→営業できる) |
最強 |
| 処分の執行の停止 | 強制執行(代執行や滞納処分)を止める。 (例:建物の取り壊しを待たせる) |
中 |
| 手続の続行の停止 | 後続の手続きを止める。 (例:事業認定後の収用裁決手続を止める) |
中 |
効力の停止の補充性(25条2項ただし書)
「処分の効力の停止」は最も強力な措置です。
そのため、「処分の執行の停止」や「手続の続行の停止」によって目的を達することができる場合には、することができません。
(例)税金の滞納処分を止めたいなら、「執行の停止」で十分であり、「課税処分の効力の停止」までする必要はありません。
(4) 不服申立て(即時抗告)
執行停止の決定(または却下決定)に対しては、「即時抗告(そくじこうこく)」という不服申立てができます。
ただし、即時抗告をしても、執行停止の決定の効力は止まりません(25条8項)。
4. 事情変更による取消し(26条)
一度執行停止が決まっても、その後状況が変われば取り消されることがあります。
「執行停止の決定が確定した後に、その理由が消滅し、その他事情が変更したとき」は、裁判所は、相手方(行政庁)の申立てにより、決定を取り消すことができます。
5. 内閣総理大臣の異議(27条)
これは行政事件訴訟法ならではの、非常にユニークかつ強力な制度です。
裁判所が「執行停止するぞ!」と決めても、行政のトップである内閣総理大臣が「待った!」をかけられるのです。
(1) 制度の趣旨
司法権(裁判所)が行政権の活動を止めることに対し、行政責任の頂点にある内閣総理大臣が政治的責任において異議を唱えることで、三権分立のバランスをとるための制度です。
(2) 異議の要件と手続
- 誰が?:内閣総理大臣(他の大臣への委任は不可)。
- いつ?:執行停止の決定の「前」でも「後」でもOK。
- 方法は?:理由を付して、裁判所に述べる。
- 制限:やむを得ない場合でなければならない(27条2項)。
(3) 異議の効果
- 決定前:裁判所は執行停止をすることができない。
- 決定後:裁判所は執行停止の決定を取り消さなければならない。
つまり、総理大臣が異議を出せば、裁判所はそれに従うしかありません(拒否権発動)。
(4) 国会への報告義務
異議を述べた場合、内閣総理大臣は、「次の常会(通常国会)」において、国会に報告しなければなりません。
「裁判所の判断を覆したのだから、国民の代表である国会に説明責任を果たしなさい」ということです。
この制度は非常に強力ですが、実際に使われた例は過去に数回しかありません(昭和40年代など)。乱用すると「司法への介入だ」と批判されるため、伝家の宝刀として抜かずに置かれている状態です。
6. 実戦問題で確認!
1. 処分の取消しの訴えが提起された場合、裁判所は、必要があると認めるときは、職権で処分の執行停止をすることができる。
2. 執行停止の要件である「重大な損害」が生ずるか否かを判断するに当たっては、損害の回復の困難の程度を考慮し、損害の性質及び程度並びに処分の内容及び性質をも勘案するものとされる。
3. 執行停止の決定は、口頭弁論を経て行わなければならず、書面審理のみで行うことは認められない。
4. 処分の効力の停止は、処分の執行の停止または手続の続行の停止によって目的を達することができる場合であっても、原告が選択すれば認められる。
5. 執行停止の申立てに対する却下決定に対しては、即時抗告をすることができるが、執行停止の決定に対しては、不服申立てをすることができない。
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正解 2
解説:
1. 誤り。行政事件訴訟法では「職権」での執行停止はできません(申立てが必要)。
2. 正しい。25条3項の規定通りです。
3. 誤り。口頭弁論を経ないですることができます(25条5項)。
4. 誤り。処分の効力の停止には補充性があり、他の手段で足りる場合はできません(25条2項ただし書)。
5. 誤り。認容決定(止める決定)に対しても、行政側から即時抗告ができます。
1. 内閣総理大臣は、処分の効力の停止の申立てがあった場合において、やむを得ない事情があるときは、裁判所に対し異議を述べることができる。
2. 内閣総理大臣の異議は、執行停止の決定がなされる前に限らず、決定がなされた後においても述べることができる。
3. 執行停止の決定があった後に異議が述べられた場合、裁判所は、当該執行停止の決定を取り消さなければならない。
4. 内閣総理大臣は、異議を述べたときは、次の常会において国会にこれを報告しなければならない。
5. 内閣総理大臣の異議については、その理由を付す必要はなく、異議を述べる旨の書面を提出すれば足りる。
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正解 5
解説:
1, 2, 3, 4はすべて正しい記述です。
5. 誤り。異議を述べるには、「理由を付さなければならない」とされています(27条1項)。理由なしに司法判断を覆すことは許されません。
1. 行政庁の処分については、民事保全法に規定する仮処分をすることができない。
2. 処分の取消しの訴えと併合して国家賠償請求訴訟が提起されている場合、国家賠償請求については仮差押えをすることができない。
3. 義務付けの訴えを提起する場合であっても、仮の義務付けの制度があるため、民事保全法上の仮処分を併用することができる。
4. 公法上の当事者訴訟(例:公務員の地位確認訴訟)については、民事保全法上の仮処分をすることができない。
5. 執行停止の申立てが却下された場合に限り、補充的に民事保全法上の仮処分を申し立てることができる。
正解・解説を見る
正解 1
解説:
1. 正しい。44条により、処分等については仮処分が排除されています。
2. 誤り。国家賠償請求は民事訴訟と同様の金銭請求なので、仮差押え等は可能です。
3. 誤り。義務付け訴訟についても、仮の救済は「仮の義務付け(行訴法)」によるべきで、民事仮処分は使えません。
4. 誤り。当事者訴訟は「処分」ではないため、民事保全法の仮処分が準用されます(41条)。(例:地位保全の仮処分など)
5. 誤り。執行停止がダメなら仮処分、というルートはありません。
7. まとめと学習のアドバイス
執行停止は、以下の3つのポイントを確実に押さえましょう。
- 原則と例外:「原則不停止、例外停止」。
- 要件:「重大な損害」が必要。「職権」ではできない(審査請求との違い)。
- 総理の異議:「前後OK、取消義務あり、国会報告」。
特に「内閣総理大臣の異議」は、行政書士試験で繰り返し出題されているネタです。「次の国会で報告」「理由が必要」といった細かい要件まで暗記しておくと、選択肢を絞りやすくなります。
よくある質問(FAQ)
- Q1. 「重大な損害」と「回復の困難な損害」はどう違うのですか?
- 「回復の困難な損害」は旧法の要件で、金銭賠償で解決できる損害は含まれないと解釈されていました。しかし、平成16年改正で「重大な損害」に改められ、金銭賠償が可能であっても、社会通念上著しい損害であれば認められるようになりました。要件が緩和され、国民が救済されやすくなったのです。
- Q2. 執行停止の決定に不服がある場合、どうすればいいですか?
- 「即時抗告(そくじこうこく)」という不服申立てができます(25条7項)。これは、決定から1週間以内に上級裁判所(高裁など)に対して行うものです。ただし、即時抗告をしても、執行停止決定の効力自体は止まりません。
- Q3. 当事者訴訟には仮処分ができるのですか?
- はい、できます。行政事件訴訟法44条で仮処分が禁止されているのは「処分その他公権力の行使」についてだけです。当事者訴訟(例:公務員の地位確認など)は対等な関係での争いなので、民事保全法の仮処分(地位保全の仮処分など)を利用することが可能です。
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