契約を結んだとき、具体的に「どの物を」引き渡すのかが決まっているかどうかで、債務者の義務の内容は大きく変わります。
「中古の家(世界に一つ)」を引き渡す義務と、「ビール1ダース(代わりがある)」を引き渡す義務では、もし燃えてしまった時の処理が全く異なるのです。
今回は、債権の目的となる物の種類(特定物・不特定物)と、不特定物が特定物に変わる瞬間である「特定」の要件・効果、さらに複数の給付から選ぶ「選択債権」について解説します。
1. 特定物債権と善管注意義務
特定物債権とは、その物の個性に着目して取引される物(中古車、美術品、特定の土地など)の引渡しを目的とする債権です。
(1) 善管注意義務(400条)
特定物を引き渡す義務を負う債務者は、引渡しまで「善良な管理者の注意(善管注意)」をもって保存しなければなりません。
- 善管注意義務:職業や地位に応じて通常期待される程度の注意義務(プロとしての注意)。
- 自己の財産と同一の注意義務:自分の物と同じように扱えばよい(レベルの低い)義務。無償受寄者や親権者などに認められる例外です。
(2) 現状引渡義務(483条)
特定物は、引渡しすべき時の「現状(あるがまま)」で引き渡せば足ります。もし壊れていても、善管注意義務違反(過失)がなければ、壊れたまま引き渡せば債務不履行にはなりません。
2. 種類債権(不特定物債権)
種類債権とは、「ビール1ダース」「新車のプリウス1台」のように、種類と数量だけで指定された物の引渡しを目的とする債権です。
種類債権の最大の特徴は、「調達義務」があることです。倉庫のビールが燃えても、市場から同じビールを調達して引き渡さなければなりません(履行不能にならない)。
(1) 種類債権の「特定」(401条2項)
いつまでも「どれでもいい」状態では困るので、ある時点で「このビールを引き渡す」と決まる瞬間があります。これを「特定」といいます。
特定する方法は、以下の2パターンです。
- 債務者が「必要な行為を完了」したとき
- 債権者の同意を得て指定したとき
(2) 「必要な行為の完了」の具体例(重要)
債務のタイプ(持参・取立・送付)によって、特定するタイミングが異なります。
| 債務の類型 | 内容 | 特定の時期 |
|---|---|---|
| 持参債務 (原則) |
債務者が債権者の所へ届ける | 現実に提供した時(玄関先まで持って行った時) |
| 取立債務 | 債権者が取りに来る | 物を分離し(取り分けて)、準備できたことを通知した時 |
| 送付債務 | 第三地(運送業者等)へ送る | 発送した時(運送業者に引き渡した時) |
特定すると、その物が「特定物」に変わります。
1. 所有権が移転する(特約なき場合)。
2. 善管注意義務が発生する。
3. その物が不可抗力で滅失したら、債務者は調達義務を免れる(履行不能となり、危険負担の問題へ)。
3. 選択債権(406条〜)
「A建物かB建物のどちらか」というように、数個の給付の中から選択によって定まる債権です。
(1) 選択権者は誰か?
- 原則:債務者にあります。
- 移転:弁済期に相手方が催告しても選択しない場合、選択権は相手方に移転します。
(2) 第三者の選択権
第三者が選ぶことになっている場合、第三者が選べない・選ばないときは、選択権は債務者に移転します(相手方ではありません)。
(3) 選択の効力(遡及効)
選択をすると、「債権発生の時」にさかのぼって、最初からその給付が目的であったものとみなされます(411条)。
4. 実戦問題にチャレンジ
1. 持参債務においては、債務者が目的物を分離し、準備を整えて債権者に通知すれば、その時点で特定が生じる。
2. 取立債務においては、債務者が目的物を分離し、引渡しの準備を整えただけでは足りず、債権者にその旨を通知して初めて特定が生じる。
3. 送付債務(第三地への送付)においては、特約がない限り、債務者が運送業者に荷物を引き渡した(発送した)時点では特定せず、目的地に到達した時点で特定する。
4. 種類債権が特定した後、その目的物が不可抗力により滅失した場合でも、債務者は同種の物を調達して引き渡す義務を負う。
5. 制限種類債権(「この倉庫の米」など)において、倉庫内の米がすべて滅失した場合でも、債務者は他の場所から同種の米を調達しなければならない。
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正解 2
解説:
1. 誤り。持参債務では「現実の提供(持参)」が必要です。通知だけでは特定しません。
2. 正しい。取立債務では「分離+通知」で特定します。
3. 誤り。送付債務では「発送時」に特定します。
4. 誤り。特定した後は「特定物」となるため、滅失すれば履行不能となり、調達義務は消滅します。
5. 誤り。制限種類債権では、指定された範囲の物が全滅すれば履行不能となります。
1. 選択権は、特約がなければ債務者に属する。
2. 選択権を有する者が、相当の期間を定めて催告されても選択をしないときは、選択権は相手方に移転する。
3. 第三者が選択権を有する場合において、その第三者が選択できないときは、選択権は債権者に移転する。
4. 選択の意思表示は、相手方の承諾がなければ撤回することができない。
5. 選択の効力は、債権の発生の時に遡って生じる。
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正解 3
解説:
1. 正しい。原則は債務者です(406条)。
2. 正しい。催告しても選ばないときは移転します(408条)。
3. 誤り。第三者が選べないときは、選択権は「債務者」に移転します(409条2項)。債権者ではありません。
4. 正しい。一度決めたら相手の同意なしには変えられません(407条2項)。
5. 正しい。選択には遡及効があります(411条)。
5. まとめ
今回は、債権の目的(種類・特定・選択)について解説しました。
- 特定物:善管注意義務あり。現状引渡しでOK。
- 種類債権:調達義務あり。「必要な行為の完了(持参・分離通知・発送)」で特定し、特定物化する。
- 選択債権:原則は債務者が選ぶ。選択すると最初からそれだったことになる(遡及効)。
特に「種類債権の特定の時期」は、危険負担や所有権移転時期とも絡む重要論点です。「持参なら玄関まで」「取立なら準備して電話」というイメージを持っておきましょう。
よくある質問(FAQ)
- Q. 制限種類債権とは何ですか?
- A. 「この倉庫にある米」のように、種類物ではあるが範囲が限定されている債権です。倉庫の米が全滅したら調達義務はなくなり履行不能となりますが、一部だけ残っていればその中から引き渡す義務が残ります。
- Q. 選択債権で、選択前に片方が燃えてしまったらどうなりますか?
- A. もし「選択権者の過失」で燃えたなら、燃えた方を選ぶ(=履行不能の責任を負う)ことができますが、不可抗力などで燃えた場合は、残った方(燃えていない方)に特定されます(410条)。
- Q. 特定の効果として「所有権が移転する」というのはなぜですか?
- A. 不特定物(どれでもいい状態)では所有権の対象が定まらないため、所有権は移転できません。特定(これにする!)されて初めて、「その物の所有権」が買主に移ることができるからです。
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