行政庁が一度出した「営業許可」や「課税処分」。もしそれが間違っていたり、後から状況が変わったりした場合、どうなるのでしょうか?
実は、行政法ではその処分の効力を消す方法として「取消し(とりけし)」と「撤回(てっかい)」という2つの用語を厳密に使い分けています。日常用語では似たような意味ですが、試験ではこの2つの違い(原因や効果)が頻出テーマとなります。
また、「そもそも間違いがひどすぎて、最初から効力がない(無効)」というケースや、逆に「多少の間違いは後から直せばOK(瑕疵の治癒)」とされるケースもあります。
今回の講義では、行政行為の「事後処理」に関する複雑なルールを、整理して解説します。
- 「無効」と「取消し」の境界線(重大明白説とは?)
- 記述式で問われる「取消し」と「撤回」の決定的違い
- 違法性の承継・瑕疵の治癒といった応用論点
- 授益的行政行為を取り消す際の「比較考量」の判例ロジック
1. 違法な行政行為と「無効」の判断基準
(1) 「取消うべき行政行為」と「無効な行政行為」
前回の講義で学んだ通り、行政行為には「公定力」があります。そのため、多少の違法(瑕疵:かし)があっても、権限のある機関に取り消されるまでは「一応有効」として扱われます。これが原則です。
しかし、その違法性があまりにも重大で深刻な場合には、例外的に公定力が発生せず、最初から効力がないものとして扱われます。これを「無効な行政行為」といいます。
判断基準:重大明白説(重要)
では、どこからが「無効」になるのでしょうか? 判例(最判昭36.3.7)は以下の基準を示しています。
行政行為が無効とされるには、以下の2つの要件が必要です。
① 瑕疵(違法性)が重大であること
② 瑕疵の存在が外観上明白であること
具体例:
すでに死亡している人に対して課税処分を行った場合、その内容は重大な違法であり、死人に課税できないことは誰が見ても明らか(明白)です。したがって、この処分は「無効」となり、遺族は審査請求期間を過ぎていても「払う必要はない」と主張できます。
例外:明白性補充要件説
原則は上記の通りですが、判例によっては「明白性がなくても無効」としたケースがあります(最判昭48.4.26)。
これは、処分の効力を信頼した第三者がいないなど、法的安定性を害する恐れがない場合には、明白性の要件を緩和してもよいという考え方です。
(2) 瑕疵(かし)の治癒と転換
行政行為にミス(瑕疵)があっても、わざわざ取り消すのは不経済な場合があります。そこで、例外的にそのミスを許容する法理があります。
| 用語 | 意味 | 判例の態度 |
|---|---|---|
| 瑕疵の治癒 (ちゆ) |
軽微なミス(手続の不備など)があったが、事後的に要件を満たした場合に、当初から適法だったと扱うこと。 | 認める場合がある 例:農地買収計画の決定後に、遅れて知事の承認を得た場合など(最判昭36.7.14)。 |
| 違法行為の転換 | ある行政行為としては違法だが、別の行政行為の要件を満たしている場合に、その別の行為として有効と扱うこと。 | 認める場合がある 例:死者名義の農地買収計画(違法)を、相続人に対する買収計画(適法)として扱う(最大判昭29.7.19)。 |
これらはあくまで例外的な処理です。例えば、「理由の提示」が不十分だった課税処分について、後から理由を説明しても瑕疵は治癒されないとした判例(最判昭47.12.5)もあります。
(3) 違法性の承継
事例:
Aさんは「違法建築の是正命令(先行行為)」を受けましたが、無視して出訴期間が過ぎてしまいました(不可争力発生)。その後、この命令に基づいて「建物の除去命令(後行行為)」が出されました。
Aさんは、後行行為の裁判の中で「そもそも最初の是正命令が違法だったんだ!」と主張できるでしょうか?
解説:
原則として、先行行為に不可争力が発生すれば、その違法性を後行行為で争うことはできません。
しかし、先行行為と後行行為が「結合して一つの効果を目指している」ような場合には、例外的に違法性の承継(先行行為の違法を後行行為の取消事由にすること)が認められます。
- 認められた例:農地買収計画(先行)と農地買収処分(後行)。
- 認められない例:建築確認(先行)と是正命令(後行)。建築確認と是正命令は別個の目的を持つため。
2. 行政行為の「取消し」と「撤回」の違い
ここが今回のメインテーマです。どちらも「処分の効力を消す」点では同じですが、その理由と効果が全く異なります。
(1) 取消しと撤回の比較表(最重要)
この表を丸暗記するだけで、多くの問題が解けるようになります。
| 項目 | 取消し(職権取消し) | 撤回(てっかい) |
|---|---|---|
| 原因 | 成立当初から違法・不当 (最初からミスがあった) |
後発的な事情変更 (最初は適法だったが、後からダメになった) |
| 効果 | 遡及効(そきゅうこう) (処分時にさかのぼって無効になる) |
将来効 (撤回した時点から先のみ無効になる) |
| 権限者 | 処分庁、上級行政庁、審査庁、裁判所 | 原則として処分庁のみ (事情を知る処分庁しか判断できないため) |
| 法律の根拠 | 不要 (間違いを正すのは当然だから) |
不要(通説・判例) ※ただし後述の制限あり |
(2) 具体例で理解する
① 取消しのケース
保健所が飲食店Aに営業許可を出しましたが、後から「実は申請書類に偽造があり、最初から許可要件を満たしていなかった」ことが判明しました。
→ この場合、許可は最初から違法(瑕疵あり)なので「取消し」を行います。許可は当初に遡ってなかったことになります。
② 撤回のケース
飲食店Bに適法に営業許可を出しました。しかし、数ヶ月後に店主が「食品衛生法違反(食中毒など)」を起こしました。
→ 許可を出した時点では適法でしたが、後の違反行為によりふさわしくなくなったため「撤回」(営業許可の取消処分とも呼ばれますが、法的性質は撤回)を行います。撤回されるまでの営業は有効です。
(3) 授益的行政行為の取消し・撤回の制限
国民に利益を与える処分(授益的行政行為:営業許可や補助金交付など)を、行政側の都合で簡単に取り消したり撤回したりすると、国民の生活や信頼が破壊されてしまいます。
そこで判例は、授益的処分の取消し・撤回には「比較考量」が必要だとしています。
処分を取り消す(撤回する)ことで守られる「公益上の必要性」が、それによって相手方が被る「不利益(既得権の侵害)」を正当化できるほど大きい場合に限り、許される。
重要判例:指定医師の指定の撤回(最判昭63.6.17)
医師会が医師Aを指定医に認定しましたが、Aが不正行為をしたため、指定を撤回しました。
裁判所は、「法律に明文の規定がなくても、公益上の必要性が高い場合は撤回できる」と判断しました。
(※ただし、一般的には法律の根拠がなくても撤回可能とされていますが、授益的処分の場合は慎重に判断されます。)
3. 職権取消しと争訟取消し
「取消し」には、さらに2つの種類があります。
- 職権取消し:処分をした行政庁自身が、「ごめん、間違ってた」と自発的に取り消すこと。
- 争訟取消し:国民が不服を申し立て、審査庁や裁判所が「違法だから取り消す」と判断すること。
試験で「法律の根拠なく取り消せるか?」と聞かれたら、職権取消しのことを指しています。答えは「できる」です。違法状態を放置するほうが悪いからです。
4. 実戦問題で確認!
1. 行政行為に瑕疵がある場合、その瑕疵が重大であれば、瑕疵の存在が外観上明白でなくとも、当該行政行為は当然に無効となるのが原則である。
2. 行政行為が無効とされる場合、当該行為には公定力は認められないため、何人もその効力を否定することができ、出訴期間の制限を受けることなく無効確認訴訟を提起できる。
3. 課税処分における理由の付記が不十分で瑕疵がある場合、不服申立ての段階で処分庁が理由を追完して説明すれば、当初の処分の瑕疵は治癒され、適法となる。
4. 違法性の承継とは、先行する行政行為の違法を理由として後行する行政行為の取消しを求めることができる理論であり、判例上、建築確認と違反建築物に対する除却命令との間において認められている。
5. 農地買収計画に違法事由があり、これが取り消され得る状態であったとしても、その後の事情の変更により瑕疵が治癒されることはなく、当該計画に基づく買収処分は常に違法となる。
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正解 2
解説:
1. 妥当でない。原則は「重大かつ明白」な場合に無効となります(重大明白説)。明白性が必要ないのは例外的なケースです。
2. 妥当である。無効な行為に公定力はなく、いつ誰でも無効を主張でき、出訴期間の制限もありません。
3. 妥当でない。理由付記の不備は、後から理由を追加しても治癒されません(最判昭47.12.5)。
4. 妥当でない。建築確認と除却命令(是正命令)の間では、目的が異なるとして違法性の承継は否定されています(最判平21.12.17)。
5. 妥当でない。農地買収計画の瑕疵について、後の決定等により治癒が認められた事例があります(最判昭36.7.14)。
1. 職権取消しは、行政行為の成立当初から瑕疵が存在することを理由として行われるものであり、その効果は原則として行為の成立時に遡及する。
2. 撤回は、行政行為の成立後に生じた事情の変化により、その効力を存続させることが公益に適合しなくなった場合に行われるものであり、その効果は将来に向かってのみ発生する。
3. 行政行為の撤回は、法律上の根拠がなくとも行うことができるとされるが、授益的行政行為を撤回する場合には、公益上の必要性と相手方の不利益とを比較考量する必要がある。
4. 行政行為の職権取消しを行うことができるのは、当該処分を行った処分庁に限られ、上級行政庁や審査庁がこれを行うことは認められない。
5. 授益的行政行為の職権取消しまたは撤回を行う場合、これらは相手方に対する不利益処分となるため、行政手続法に基づく聴聞または弁明の機会の付与の手続が必要となる。
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正解 4
解説:
1, 2, 3, 5はすべて正しい記述です。
4. 妥当でない。職権取消しは、処分庁だけでなく、監督権を持つ上級行政庁なども行うことができると解されています(※撤回権者は原則として処分庁のみ)。
「法令上その[ ア ]について直接明文の規定がなくとも、指定医師の指定の権限を付与されている被上告人医師会は、その権限において上告人に対する右指定を[ ア ]することができるというべきである。もっとも、右指定は、医師に対し生活保護法の規定による診療方針及び診療報酬によって診療を行う権限を付与する[ イ ]行政処分であるから、これを[ ア ]するにあたっては、[ ウ ]が必要とされる。」
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正解 2
解説:
最判昭63.6.17(指定医師の指定の撤回)からの出題です。
判例は、後発的事情による効力の消滅であるため「撤回」(ア)の問題とし、指定処分は国民に利益を与える「授益的」(イ)なものであるから、撤回には「公益上の必要性」(ウ)が高いことが求められるとしました。
5. まとめと学習のアドバイス
今回のポイントは以下の3点です。
- 無効の基準:「重大かつ明白」なら無効。公定力なし、出訴期間なし。
- 取消しと撤回:「原因(当初か後発か)」と「効果(遡及か将来か)」をセットで覚える。
- 授益的処分の制限:勝手に取り消すと相手が困るから、「公益 vs 不利益」の天秤(比較考量)にかける。
特に「取消し」と「撤回」の表は、行政書士試験の記述式問題で「X県知事はどのような理由で、どのような処分をすべきか(答え:後発的事由なので撤回すべき)」といった形で問われることがあります。用語の定義を正確に暗記しておきましょう。
よくある質問(FAQ)
- Q1. 「職権取消し」に法律の根拠は本当に不要ですか?
- はい、原則として不要です。行政は法律に従って活動しなければならない(法律による行政の原理)ので、違法な状態を自ら是正するのは当然の義務だからです。ただし、授益的行政行為を取り消す場合は、信頼保護のために制限がかかることがあります。
- Q2. 運転免許の「取消し」は、講学上の「撤回」ですか?
- はい、その通りです。道路交通法では「免許の取消し」という言葉を使っていますが、これは「免許取得後に違反をした」という後発的事情に基づくものなので、行政法学上の性質は「撤回」になります。法律用語と学術用語のズレに注意してください。
- Q3. 違法性の承継が認められるのはどんな時ですか?
- 「先行行為と後行行為がセットで一つの目的を果たしている場合」です。典型例は「土地改良事業計画の決定(先行)」と「換地処分(後行)」などです。これらは一連の手続きなので、先行行為の違法を後行行為で争うことが認められやすいです。逆に「建築確認」と「是正命令」は目的が違うため承継されません。
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